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6/27/2023, 6:32:46 AM

タイムマシンは成功した。

長い時間旅行から帰ってきたとき、世界は薄桃色の底にあった。夜明けと朝焼けがないまぜになった
海がしずかに揺らめき、透明な光に溺れている。

死んでしまった君の姿を追いかけて、もう時間の
感覚もなくなるくらいの旅をした。

僕にとっては、物事の最初も最後もないようなものだ。タイムマシンさえあれば、いつでも朗らかな君の姿をみることができるから。

君がまだ元気で、僕の隣にいた頃。僕たちはよく
小さな夜空を観察した。

夜鷹の声が笛の音のように響いて、流れ星は夜の縁を永遠に描いていた。

昔から記憶力は抜群によかった。僕のあまりに細やかな記憶に、君もいつか笑っていた。

それなのに今、僕の瞼の裏に浮かんでくるのは
およそ地球のどこでもみられるであろう景色ばかり。これからもいつでも観られる、そんな夜。

美しい世界をひとしきり眺めて、再びタイムマシンにのりこんだとき、ふいに涙がおちた。

君と最後に会った日は、もう思い出せない。

6/26/2023, 9:55:32 AM

君はとにかく横暴で、ガサツを絵に描いたような
人間だった。

上級生と喧嘩ばかりしているから、日に焼けた顔はいつも擦り傷だらけで、人の心配も笑い飛ばす。

正直君のことは嫌いだった。周囲から優等生といわれて、日々平穏を心がけている私の杞憂を、君は
豪快に丸めて放り投げてしまう。

それなのに中2のとき、私は君と、職場体験で老人ホームに行った。問題児の君と、優等生の私を先生は組み合わせるしかなかったのだ。

流れる汗も乾くような暑い日だった。
老人ホームの中庭を掃除しているとき、いつも乱暴に動く君の手が、ふととまっているのに気がついた。

うだる暑さに目を細めて、植木鉢いっぱいに溢れる真っ赤なハイビスカスを、君はじっと見つめていた。ハイビスカスなんて、別に珍しい花でもないのに。


「俺、小学生のとき、沖縄に住んでいたんだ。」


君の呟きに、私は「そう」とこたえた。君の出自になんて興味がなかった。

でも次の瞬間、その腫れぼったい瞳から流れ落ちるものをみて、私はぎょっとした。

ぽろりぽろりと、海の雫が落ちてゆくみたいに、
君は涙を伝わせていたのだ。人はこんなにも静かに泣けるものなのかと、私は息を呑む思いで見つめることしかできなかった。

結局、それから私たちは終始無言で、特に何事もなく職場体験は終わった。中3になると君とクラスも離れて、涙の理由もわからないまま、あれからもう関わることはなかった。

高校の修学旅行で初めて沖縄に行ったとき、
あの華やかな花たちがお墓にばかり咲いていてたのには驚いた。

ハイビスカスの花びらにそっと浮かぶ朝露は、あの日どうしてか泣いていた、君の涙のようだった。


6/20/2023, 9:51:02 AM

雨の夜は、どこもかしこもきらきらと、妖しい光に満ちている。雨で銀色にそまる歩道を、ひとりじめにするのが私は好き。

だから君の傘の下は、息苦しくって溺れそう。
いつもはみえない透明な膜が、私たちを包み込んでいるのがわかる。

いっそのこと傘をとじて、この雨の夜に飛び出そうよ。2人で本当に溺れてしまうのが気持ちいい。

6/19/2023, 8:55:36 AM

イカロスの墜落。

美しい海と、のどかな街の風景のはしに
まさに今、溺れ死のうとしている人間を見つけた。

秋の夕日をなめらかに照らしだす水面には、逞しいイカロスの脚が突き出ている。

ゆうゆうと浮かぶ船の帆は、はち切れんばかりに膨らみ、小舟は大きく傾いていて、その落下の衝撃を物語っている。

しかし、誰ひとり、その異変に気がついていない。
過ぎゆく日常の片隅に、イカロスはただ落ちた。

無情で無関心。彼の翼を焼いた太陽だけが、
沈むイカロスを見つめている。

6/16/2023, 10:35:27 PM

悲しみの輪郭をなぞるように白い花に触れた。
細く細く糸を重ねて織った心が、はらはら崩れていくのがわかる。

月日は経ち、星は流れて、木洩れ日に翳る夏がやってくる。1年前に地上に落ちた君が、そろそろ空に昇ってゆくのを私は黙って見届けるつもりだ。

君のことは誰も知らない。知るよしもない。
誰も知らないまま、知られようとしないまま、君は夜の静けさに溶けて、光を求めることもない。

庭に埋めた月下美人は、今年も冷たい色を咲かせた。君の面影を永遠に残して。


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