▶64.「日の出」
63.「今年の抱負」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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日の出を堪能し終えた人形は、
ほら穴の入り口から奥の焚き火の跡まで戻り、
「情報を整理しよう」
頭ひとつ振り、そう言って座った。
出るはずのないもの、感じるはずのないものを消し払うように。
ナナホシは飛び立ち、人形の肩に止まった。
「まずナナホシ、動力は」
「ンー、モウ少シ欲シイ」
「分かった。火を起こす」
火起こしは人形にとって何年も何回も繰り返しやってきた行為だ。
てきぱきと進んでいく。
「私たちの知らない情報は」
「博士ノ素性、✕✕✕ヲ作ッタ動機」
「それから、ナナホシが目覚めるはずだった80年前から、私が目覚めるまでの間の国の動き。大きくはこの二つ。では、どこから調べるか」
「研究施設ノ地下通路ハ?」
「あそこはイレフスト国と繋がっている、ということだったな。ただ、出た先の情報が何も無い。そのことによるリスクは大きい」
「火、アッタカイ…フランタ国ノ首都」
「そもそも人から隠れるために、ここに来たんだが…となると」
「戦乱デ、モウヒトツノ相手ダッタ、サボウム国」
「ここからだと、かなり南に行かなければならないが。南は基本的に温暖だ。丁度いい」
ぴょん、とナナホシが人形の肩から飛び降り、
より火に近いところに位置どった。
「サボウム国、情報少ナイ」
「研究施設にも殆ど資料が無かったな…ひとまず国境付近まで行って入国できるか調べることにしよう」
「イツ行ク?」
「明日の出発にしよう。今日はメンテナンスに徹する」
▶63.「今年の抱負」
62.「新年」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「これから…」
✕✕✕にしては珍しく、途方に暮れたような声が出た。
ナナホシは聞いているのかいないのか、
脚を使って体の手入れに勤しんでいる。
今まで旅をしながら、ほどほどの距離感で人間を観察してきた。
ただただ、データを集めてきた。
博士の遺した問い『人間とは何か、自由とは何か』に答えるために。
だが、その答えを受け取るべき博士は、旅立つ前に死んでいる。
そのことに、今ここで向き合わなくてはいけない。
人形は、そう感じていた。
なぜ、博士は人形に託したのだろう。
穴あきばかりで中途半端な記憶を残したのだろう。
「どうして、先に死ぬと分かっていて、」
人形は一度言葉を詰まらせたが、抑えられぬというように続けた。
「私を目覚めさせたのだろう…」
発する声がだんだん小さくなっていくと共に、目線も下がっていく。
「探ソウヨ」
その先には、いつの間にやら手入れを終えたナナホシが、
ごく小さな眼を人形に向けていた。
「イレフスト国デハ、新年ニ目標、立テル」
「ああ、それならフランタ国にもある」
「ドウセ僕タチ、先ガ長イ。少シ、自分ノタメニ寄リ道シヨウ」
「寄り道…」
「ソウ、寄リ道。博士ノ痕跡ヲ、探シニ行コウ」
博士の、痕跡。
あの人は、意味のないものを残すだろうか。
否、そんなことはしないはずだ。
では、本当は何を残したかったのだろう。
✕✕✕が膝をついて手を差し伸べれば、
ナナホシはすぐに乗ってきた。
「一緒に探してくれるのか」
「モチロン」
「…ありがとう」
するりと出てきた礼の言葉に、
常よりも熱を感じた✕✕✕だった。
▶62.「新年」
61.「良いお年を」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「そろそろ年が明けた頃だ」
「ウン」
夜が明けてきて、人形はほら穴から出ていく。
ナナホシもチョコチョコと歩き、後に続いた。
顔を覗かせた新年最初の太陽が
空を、山を、照らしていく。
「ナナホシ、あなたを覚醒させる時に触った、最初の起動装置だが」
「ウン」
「愛を注いで、と書いてあったので、私は温めた手で触れた」
「前ニ聞イタ」
「そうだな。だが、あれには人間の手の形と体温以外に、もう一つの意味があったのだと思う。おそらく自国愛、あれは指紋パターンの読み取り装置でもあった」
✕✕✕とナナホシが話している間に、
太陽が、高くなっていく。
明るくなっていく空は、今日も晴れている。
「デモ✕✕✕ハ、フランタ国デ作ラレタ」
「ああ、イレフスト国とフランタ国は言語はほぼ共通だが、指紋パターンが違うようだな。旅の中で見てきたフランタ人と、イレフスト人が使っていた研究施設に残っていた指紋は、どちらにも傾向があり、それは2つの国で異なるものだった。
そして、承認が通ったということは、私はイレフスト国に多い指紋を持っていたということだ。ただ、博士の素性は私の中に殆ど残されていない。これは博士による意図的なことだと以前から考えている」
「博士ハ、イレフスト国ノ出身?」
「いや、関わりはあるだろうが、断言はできない。遠い国から来たと言っていたが、それが隣国というのは考えづらい。イレフスト国にススキという植物はあるのか?」
「ススキ、僕ハ知ラナイ植物」
「そうか…」
機械人形と、虫型メカ。同じ機械同士ではあるが、
規格の違いにより情報共有は視覚と聴覚に頼るしかない。
だが、無言の先にある課題は、
言わずとも共有できているように人形は感じていた。
▶61.「良いお年を」
60.「1年間を振り返る」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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人形が冬ごもりに向かう前に滞在していた町にて。
仕入れ屋のシブの妻で服屋を営むクロアと、
店仲間である野菜売りのベル、肉屋のミランダ、魚屋のフィーナは
年内最後の井戸端会議に花を咲かせていた。
「みんな、年越しの準備は大丈夫ね?」
野菜売りのベルが話を振れば、
「やだ、心配性ねぇベルったら」
肉屋のミランダがのんきに返す。
「そんなこと言って、年明け早々私のところに『新年用の魚買い忘れてた!』って言ってたのはどなた?」
魚屋のフィーナは鋭く切り込み、
「あ、それは…だってお肉があるから大丈夫だと思ったのよ」
「前の日まではね、でしょ?まぁ、ミランダだからね」
クロアがまとめる。
「今年もありがとう。ベル、ミランダ、フィーナ、ほんとうに」
「いいのよ、クロアはよくやってる。私こそありがとう」
「ほんと、わたしだったら挫けちゃうよー。旦那さんが冬以外ほとんど仕事で町にすらいないなんて」
「代わりに冬はべったりだものね、クロアのところは。時間まだ平気なの?」
「もう少し居たいわ、シブも休んでるし」
「そういえば、前に旦那さん様子おかしいって話してたの、解決したの?」
「あれからはいつも通りよ。ほんと、何だったのかしら」
「クロアの旦那さんが考え事なんて珍しーよね」
「仕事中の出来事だったのでしょう?街の外だもの、色々あるのでしょうね」
「そうね。私があれこれ考えても仕方ないって、思ったわ」
ふぅ、と
誰ともなくついた、ため息のような間が流れた。
「シブさんが、とにかく今の冬も無事にクロアのところへ帰ってこれて良かったわ。良いお年を迎えられそう」
「うん、そうそう。シブさんが帰ってこないと冬が来た!って感じしないもん」
「ミランダなんか冬支度の合図にしてるものね」
「あっ、言わないでー」
毎日のように顔を合わせていても、
年終わりの独特の焦燥感が、もう少しもう少しと話を繋いでいく。
良い年を、良い年を。祈るように彼女たちは繰り返した。
▶60.「1年間を振り返る」
59.「みかん」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「うふふ、ようやくここまで来たわねえ」
事務室にいる子猫は、
店の帳簿と自分の覚え書きとを照らし合わせながら、
にんまりと上がる口角を抑えられなかった。
花街で生まれ、花街で育った子猫。
ほかの生き方など知らぬが、
たまに訪れる人形のように自由に外を見てみたい。
人形にしか話したことがない、密やかな夢。
花街の女だった母親が病に倒れたとき、
子猫は自らを店へ売り渡した。
子猫の母親は我慢強い人であった。
それでも、それでも最後に、自分の子どもが欲しくなった。
そんな人間らしい愚かさを持った母親を、子猫は愛していた。
母親の身請けに薬代、さらに子猫のそれまでかかった養育費まで、
かなりの金額になった。
この1年間に来た客の顔と収支を振り返り、
そして、
使わないからと言って少し多く包んでくれる人形を思い。
微笑みを優しいものに変えて、
帳簿と覚え書きを閉じた。