▶54.「イブの夜」
53.プレゼント
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
人形は、機械の中から、____へのプレゼントとして開示された小さくて丸いものを取り出した。
コインくらいの大きさで半球体、色は白い。表面は滑らかで軽い。
ひっくり返すと裏も平面ではなく、表面張力のように少し膨らんでいる。
足があったら虫のようだと気づいた瞬間。
「助ケテー戻シテー」
白いものが喋った。
半球体の方が上になるようにひっくり返すと、
6本の足が生え、縁が一部欠けて頭部になった。やはり昆虫のようだ。
「僕ハ自律思考型メカ・タイプインセクト。アナタガ僕ノゴ主人?」
「いや、すまないが本来の受け取り主は他にいる」
「ソノ人、ココニイル?」
「ここにはいない。あなたが作られた年代と、この大陸の人間の平均寿命を考えると、恐らくもう死んでいる」
「モウイナイ…」
前脚で器用に触覚をこすった。
「僕ハ主人ガ死ヌト壊レル設計。僕モウ壊レル?」
「家族や子孫なら、国にいるかもしれない」
今度は背中から羽を出し、後ろ脚で手入れをしている。
「見ツカル?」
「私に隣国に行く予定は無いので分からない」
手の上でしばらくクルクルと歩き回った。
「アナタ、僕ノ仲間?」
「ここではないが私も作られた人形だ。あなたの名乗りに合わせて言うなら、自律思考型機械人形の✕✕✕」
「✕✕✕、ゴ主人ニナッテ?」
「私も、主人がいる身なのだが。もう亡くなっているが」
「アナタ丈夫ソウ。アナタ壊レナイ、僕壊レナイ。助カル」
ヒクヒクと触覚を動かし、言い募っている。
「その主人とは、今決めないといけないものか?また、一度決めると変更できないものか?」
「…一度決メタラ変更デキナイ。後デ決メル、デキル」
「では、私たちは対等な立場でいこう。どうだ?」
「対等…ソレデイイ」
「では、これからよろしく。名前は?」
「ナナホシ」
「ナナホシ…七星か」
白かった体に色がついた。紺地に小さな星型の斑点が7つだ。
「ここの局長は、施設に自壊装置があると言っていた。私はそれを実行しようと考えている。いいだろうか?」
「イイ」
「ではナナホシ、まずは状況確認と今後の話をしながら資料をアーカイブしよう。破壊の前に、この研究施設を徹底的に調べ尽くす」
そこからは認識の擦り合わせをしながらのアーカイブの夜、施設破壊の前夜祭となった。
「ところでナナホシが作られた目的はあるのか?」
「アル。予定ダッタ主人、人間調ベテタ。進化、起源、最初ノ人間。目的、ソノ手伝イ」
▶53.プレゼント
52.「ゆずの香り」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
50話を超えましたので、あらすじを挟んでおきます。
本編開始は下方の◇◆◇からです。
フランタ国内を旅して回っている人形、✕✕✕。博士から遺言として託された「人間とは、自由とは何か」という問いの答えを探している。
かつてこの国は技術が発展し、隣接した2つの国と切磋琢磨し合う関係にあった。しかし、その3国間で戦乱が起こり、その高度文明は喪失した。
現在、もう戦争はこりごりとばかりに、のどかな国として存在している。
博士によって数十年前に作られた人形✕✕✕は、普段から人間のフリをしながら過ごしているが、寒い冬は色々と障りがあって難しい。
今年は人間から離れた場所で冬ごもりをして乗り切ることに決め、人間の少ない東の辺境にある山岳地帯を訪れた。
そこで村人に戦時中の施設があるという噂を聞き、
実際その山に訪れると、大型機器のある施設を見つけた。
無事に大型機器は稼働できたが、準備ができるまで時間がかかるため、施設を探検することに。資料によると、その施設はフランタ国のものではなく、隣国イレフストの技術者たちが暮らしていたようだ。
地下には長い通路もあったが、途中で危険と判断し引き返した。
そのタイミングで大型機器より準備完了の知らせがあり、
人形は音声の指示に従い開始ボタンを押した。
◇◆◇
人形が開始ボタンを押すと、
とある一点から、光線が出た。
人形が避けると、それは人形の後ろまで伸びて像を結び、
1人の男となった。
✕✕✕は振り返って確認したが、男は人間に見えるが実体はない。
「____、まずはここに来てくれてありがとう。君がこれを聴いているということは、私は無事にみなを国に帰せたということなんだろう」
男は喋り出した。大陸で使われるのは共通の言語ではあるが、その細部は国によって異なってくる。とはいえ隣国程度なら差異も少なく何とかなる。
✕✕✕は資料を読み込んでいたこともあり聞き取りも問題がない。しかし、話
しかけても男から反応が返ってくることはなく、ひたすら一方的に喋っている。
加えて施設が使われていた頃からすると、男の見た目が若すぎる。今話しているものではなく、資料と同様、残されたものだろう。
メッセージを私が代表して伝える。これから渡すものは、私たちから____への誕生日とクリ・ス・マスを兼ねたプレゼントだ。
最近局内の雰囲気が暗かったのでな、すまないがダシにさせてもらった。
それと、秘密にしていて悪かった。
急に周りの奴らが元気になって____を構い出したから戸惑ったろう。
遠く国から離れた場所に押し込められて、国への不満もあったのだろうな。
みんな嬉々として乗ってくれたぞ。
国にバレれば、機密の私用化、個人への技術流出、ああ、材料もくすねてやったから横領も付いてくる。
これを受け取れば、晴れて君も共犯者だ」
ここまで楽しげに話していた男の様子が一変、真面目なものに変わった。
「この施設は廃棄処分したと、国には伝えておくつもりだ。ここにあるものは何でも持って行ってくれて構わない。技術を継ぐも継がぬも君の自由だ。施設が必要なくなった時には開始ボタンをもう一度、今度は長押ししてくれ。地下通路を抜けるであろう3日後に自壊するよう設定してある。しかし、政府の考えることは分からないな。あんな計画を立てるなんてなぁ。おかげで今年もクリ・ス・マスが祝えなくなってしまったが、せめて君には贈ろう。では、そろそろメッセージを終わらせるとしよう。遅くなったが誕生日おめでとう。それから良いクリ・ス・マスを。おっと、くれぐれもプレゼントは持って行ってくれよ?」
最後に85年前の日付けを言い、男は消えた。
消えた男の先、大型機器を稼働させる時に触れた柱状の機械から軽快な音楽が流れてくる。
天井からぶら下がる明かりの装飾もあり、祝いの雰囲気が醸し出されている。
やがて機械の下部分が開き、中から小さく丸いものが現れた。
▶52.「ゆずの香り」
51.「大空」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
✕✕✕を連れて森の散策中、懐かしい匂いがした。
…ましたか?」
甘みのある爽やかな香り、
「博士、博士」
どこで嗅いだのだったか。
「博士?博士!」
「っうぁ、な、なんだ」
突然揺さぶられて思考が途切れてしまった。
「博士、歩みが止まっています。どうかしましたか?」
「え?ああ…悪かった。懐かしい匂いがして、気になったんだ」
「匂い…」
私の返しに、✕✕✕は考え込むような仕草と匂いを嗅ぐ仕草をしてみせた。
「匂いの元になっているのは柑橘類のようです。」
その言葉に、やっと私は思い出した。
「柚子だ!その場所まで案内できるか?」
「…少々、人間の嗅覚の基準範囲を逸脱しますが」
「今は私しかいないんだ。構わない、やってくれ」
✕✕✕の案内でたどり着いた場所に生えていたのは、
とても柚子と近い匂いだが、違う樹だった。
「これがユズ、ですか?」
「いや、違う。匂いの元はこの木で合っているが、私の知っているものではなかった」
当たり前だ、私の故郷のものが、ここにあるはずが無い。
「そうですか。収穫しますか?」
「…1つ、もらっていこう」
手に取り、顔を近づけて香りを吸い込む。
距離が近づくことで、より違いが分かる。
脳が、これではないと訴えてくる。
知らなければ幸せだったろうか。
いや、遅かれ早かれ確かめに来ていただろうな。
叶わぬ夢を見させられるよりは、早く現実を知れる方がいい。
すぐに分かって、良かったんだ。
「帰ろう、✕✕✕」
▶51.「大空」
50.「ベルの音」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
「今日は晴れ、ね」
花街の女、子猫は、いつものように開けた窓から外を見ていた。
小さい頃はお使いを頼まれるたびに外に出ていた。
不吉といわれる黒髪のせいで虐められることも多かったが、
それでも外に出るのは好きだった。
だが、お使いを頼む側になってからは窓から眺めるばかりで、
自ら外に出ることをしなくなった。
大好きだった母親と同じ黒髪。
窓から入る風に煽られ、そよぐ。
冬の風は冷たいけれど、それでも昼下がりなら気持ちがいい。
成長した子猫の黒髪は「妖艶」と映るらしく、
客からの人気がそこそこあるのだから人間は誠に勝手である。
もっと見上げれば、視界いっぱいの大空。
人形が同じ天気の場所にいれば、きっとその旅は順調に進むであろう。
そうであって欲しい。
渡り鳥だろうか、上空に小さく、鳥が2羽飛んでいくのが見えた。
「✕✕✕も、仲間ができればいいのにね」
花街を、ううん。
いっそのことなら、この街を出て本当の外を見てみたい。
花街の子猫ではなく、ただの人間として。
夢見る気持ちを新たに、子猫は窓を閉めた。
▶50.「ベルの音」
49.「寂しさ」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
---
太陽を追うように少し移動しながら日没まで過ごし、人形は岩の穴から研究所へと戻ってきた。
途中、何か薄い膜のようなものを通り抜ける感覚があったが、土埃がなくなった以外は何も起こらなかった。
昨夜よりも、部屋の中が明るい。
稼働したことで、どこかから動力を取り込み始めたようだ。
大型機器の方も順調に進んでいるようだ。
引き続き、施設の探索と資料の読み込みを進めていく。
資料は、隣国の人間が書いたものであった。
ここフランタ国がある大陸は、共通の文字を使っているものの、言葉には国により若干の違いがある。
それに加えて、専門用語の多用により意味の取れない単語が増えているのだった。
とはいえ読み込みを続けていけば、ある程度解読はできるだろう。
人形は、昼は山、夜は研究所の探索を繰り返した。
山では人間とのニアミスもなく、
資料からは、人形に使われているだろう技術をいくつも見つけた。
また、地下に長い通路を見つけて入ってみたが、
あまりにも長く、途中で対策無しに向かうのは危険と判断した。
そして引き返したところで、
チーン…
大型機器から、
待機時間終了を知らせる軽妙なベルの音が鳴った。
人形が向かうと、
電子音声が流れてきた。
「開始ボタンを押してください」
✕✕✕は、電子音声に指示されたボタンを押した。