▶37.「部屋の片隅で」
▶36.「逆さま」
35.「眠れないほど」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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太陽が完全に沈み、月と星が空を飾る夜。
いくつかの村や町を過ぎ、だんだん東の辺境に近づいてきている。
✕✕✕は今夜も焚き火をしながら、じっと座っていた。
人間では徹夜しながら旅を続けることも、
何時間も動かず何もせず過ごすことも難しい。
対して人形は火を焚いていれば動力は問題ないし、
暇や退屈という感覚もない。
だから野宿の時は安全のため、こうして夜通し眠らずに過ごしている。
今の状況ならどのように振る舞えば人間らしいか?
自身と人間とを比較しながら、✕✕✕は案を考えていた。
(そういえば星と星とを結んでモチーフを描く遊びがあった)
人形は地面に寝転び、夜空に広がる星々を見た。
平衡器官がちょっとした誤作動を起こし、一瞬どちらが上か分からなくなる。
人形の、数少ないバグである。
星空を見上げているはずなのに、
逆さまに、星空を見下ろしているような感覚。
すぐに無くなるそれは、
長い旅路に立つ前に過ごした博士との日々の短さを表すようで。
(逆さまだったら)
もし、という言葉は人形には相応しくない。
目の前に広がる世界が、事実だ。
◇◇◇
博士の研究室
大がかりな実験器具
コポコポと液体の泡立つ音
そこかしこに資料が置かれて
広げられた紙には書きなぐった計算やメモ
壁につけられた棚には雑多に物が詰められている
そんな部屋の片隅に
人間が入るくらいの大きさの箱
何本もチューブがのびて
どこかに繋がっている
その中に眠るのは
永遠と思うほど長く
ただ主の願いのために動く
今はまだもの知らぬ人形
憐れな人形
▶35.「眠れないほど」
34.「夢と現実」それぞれが望むもの
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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あの人、どうしたのかしら。そこの森に行ってから変よ。
考え込んでる時間が明らかに増えたもの。
帰りが1日遅くなったことと関係があるのかしら?
…遠くなら知らんぷりできても、こんな近くでなんて嫌だわ。
でも朝になってすぐ肉屋のミランダにも魚屋のフィーナにも八百屋のベルにも聞いたけど何も無かったわ。本当に帰ってきていなかった。
怪我をしたというのでもないし、何なのかしら。心配だわ。
考えてたら眠れなくなっちゃったわ。
「ねえ、あなた。ちょっといいかしら?」
▶34.「夢と現実」それぞれが望むもの
33.「さよならは言わないで」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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時系列不明
花街にて
「見てー、私の爪キレイでしょ」
いつものように寝床に腰掛けていると、
子猫が両手の甲をパッと✕✕✕の前に向けて翳した。
「私に美醜の判断はできないが、どの指の爪も均等に整えられ、色もムラなく塗られているのは分かる。また、濃い色に染めるのは技術が必要だろう」
そう人形が応えると手を引っ込め、口角を上げた。
「そうよ、よく分かってるじゃない。合格をあげるわ。ふふ、これでお客さんをいーっぱい夢中にさせるんだから」
「子猫は外に出たいと言っていた」
「うん。いっぱい稼いで、自分で自分を買って、外に出たい。私、花街から出たことないから」
うーん、と子猫は窓に向かって伸びをした。その横顔は年相応の少女に見える。
「ま、それまで元気でいられるか分からないけどね。ね、✕✕✕は?夢ってあるの?」
「私は…人形だ。夢という曖昧な希望を持つことはしない」
▶33.「さよならは言わないで」
32. 「光と闇の狭間で」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「はぁ…あのやろう」
-✕✕✕さんですか?もうお発ちになりました-
(✕✕✕め、挨拶もしねぇで行きやがった。おかげで恥かいたぞ)
森から帰還した翌日。もっと根掘り葉掘り聞いてやろうと宿を訪ねたが、✕✕✕はもう出立したあとだった。シブは行き場のない遣る瀬無さをボヤきに変えて、仕方なく家にとんぼ返りしていた。
森の奥に連れて行って✕✕✕の薬草採取に幅を持たせてやろう、
それでついでに誰かが助かれば言うことない。
ただそれだけのつもりだったのに。
「帰ったぞ」
「おかえりなさい、やけに早いわね。もしかして会えなかった?」
「ああ、もう行っちまった後だった」
「そう、きっと急ぎの旅なのね。なのに予定より長く連れ回したということ?」
シブが油断したせいで✕✕✕は穴に落ちて足を負傷した。
しかもその傷から人間ではなかったことが分かってしまった。
幸い短い期間で復活したものの、それでも元々の予定より1日延びての帰還。
妻には大層心配され、だからと言って全て話す訳にもいかない。
「勘弁してくれよ。そりゃ同意の上に決まってるだろう」
「もう、どうだか怪しいものね。先輩風はだめよ?」
「へぇへぇ、分かってるよ」
足早に仕事道具を置いている部屋へ入る。
考え事をするにはここが一番だと、シブは思っている。
隅に置いた椅子に深く腰掛けたら、勝手に大きなため息が出てきた。
日常の空間に戻ってきたからこそ、あの場の異常さが際立ってシブの心にのしかかる。
(✕✕✕に同行者がいる様子はなかったな)
自由を求めていた博士という奴はどうしたのだろうか。あんなことを成し遂げられるなら、そこそこ年齢はいってるはず。そこから30年以上経つなら、この国の人間なら死んでいてもおかしくない。
もし、そうなら。
(せっかく理想的な自由の形を見つけられても、報告する相手がいねえ)
しかも何だ、理想的な自由のカタチって。
薄ら寒くなった腕をさすりながら、
そんなものに縛られ続ける✕✕✕をシブは哀れに思った。
(傲慢かもしれねぇが、お前は必要ないと言うかもしれねぇが)
さよならは言わないでおいてやるよ。
会えたら仲良くやろうぜ。
▶32. 「光と闇の狭間で」
31.「距離」
:
1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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日が傾きはじめ、人形は野営の準備を始めた。
充分に薪を集めてから火を起こす。
ごくたまに人が通りがかることもあるため偽装と消火用を兼ねて、
水を汲んだポットも近くに置いておく。
人形の体は冷えても動作に支障が出ないし、今夜は人間と一緒にいるわけでもないから放熱の必要がない。だんだんと気温が下がり、焚き火に近い前部の温度はさほど変わらないが、背部の温度は少しずつ下がっていく。
(あの夜は、背中に温度を感じた。状況的にシブだったのだろうが)
なぜそうしたのかは分からないし尋ねてもいない。
太陽の光が沈んで消え、夜の闇が近づいてくる。
その摂理に抗うように火を焚く。
人形も同じようなものだろうか
人間が生まれて死んでいく、その狭間で延々と動き続ける。
仕入れ屋に人形であることが知られた影響か。
ゆらり、ゆらりと揺れる炎を見つめながら、
具体性のない問いに思考が流れていく。
✕✕✕は、そのような自分を止めなかった。
光と闇は繋がっている
生と死も繋がっている
✕✕✕は薄闇を孤独に羽ばたく鳥を見た気がした。
生きるものも年取らぬ人形も等しく闇が覆い、夜は更けていく。