▶15.「子猫」
14.「秋風」
13.「また会いましょう」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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「今夜も来てくれたのね、お人形さん」
「ああ、会いたかったよ。私の子猫」
「ふぅん、それじゃ始めましょうか」
彼女は手招きをして微笑んだ。
出会いは彼女がまだ少女だった頃。
「相変わらずいいカラダしてるわねぇ」
「ありがとう、博士が聞いたら喜ぶよ」
たっぷりとした黒髪をくしゃくしゃにした女の子が、
木の下でうずくまっていた。
そこは花街の近くだったから声をかけた。
「あ、ここ汚れてる」
「手が届きにくいんだ」
-迷子なの?
青い瞳が人形を見上げた。
いつかの日に見た子猫のような色の取り合わせ。
-いじめられたの。黒髪は不吉だって。
「傷はないわね。よくできてる」
「いつも助かるよ」
-私は子猫みたいでかわいいと思うけれど。はい、飴あげる。
✕✕✕には美醜や吉兆の判断はつけられないが、人間の評価基準がどうなっているかはある程度把握している。ついでに買い物のおまけにもらった飴を渡した。
-お母さんがよく言ってた。私の子猫ちゃんって。飴もらうわ、ありがとう。
「服を着たら旅の話を聞かせてちょうだい」
「もちろん、報酬だからね」
木の上ではないけど。泣いていた子猫との縁。
▶14.「秋風」
13.「また会いましょう」
12.「スリル」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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秋。
風は向きを変え、冷たい空気を運んでくる。
気温が下がり始めたのに気づいた人々は夏の間緩めていた衿口をしめて、冬支度を始める。
✕✕✕も体を保温するため、古着屋に外套を買いに来た。荷物を軽くしたい旅人は季節物をその都度買い換えることが多い。
衣服の生産が手作業であるため、どの町にもある古着屋は衣服の手入れも商売にしていて、重要な役割を果たしていた。
(さて)
保温性だけを見れば冬用のものを着用したいが、秋の始まりでそれは浮いてしまう。
かといって夏の風通し重視の日除けでは体が冷えすぎてしまう。
(それは、良くない)
冷たすぎる手では、うっかり人に触れた時ひどく驚かせてしまうから。
(袖口に毛皮を縫いつけようか)
そんな絶妙な冷たさを運んでくる秋風は、また吹き始めたばかり。
▶13.「また会いましょう」
12.「スリル」
11.「飛べない翼」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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変わらない輝きを放つ瞳
何も語らぬ口
動かぬ人形は、
ただそこに在るだけで持ち主を慰め、可愛がられる。
✕✕✕は、とある城に併設された美術館を訪れていた。
長く続いた戦乱の世を生き抜いた美術品たち。
今は相応しい場所を与えられ、羽を休めて、あるいは広げている。
警備は厳重だが、国民に広く開かれているため、
✕✕✕は数年に1度、ここに置かれた人形を見るために訪れている。
また会いましょう。
そう小さく口を動かして、
自ら動く人形は他の美術品を見にいくふりをして去っていった。
遅れました。お送りします。
▶12.「スリル」
11.「飛べない翼」
10.「ススキ」博士のルーツ
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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とある酒場でのこと。
「話している所をすまない。旅をしているのだが、ここに来たばかりなんだ。良ければ教えてほしい」
カウンター席で店主と親しげに話している旅装の男がいたので、街道について情報収集を試みた。
「おう、いいぜ」
「ありがとう。店主、彼が飲んでいるものを私と、彼にもうひとつ」
「分かってるな、お前。それで何が知りたいんだ」
情報収集には報酬に酒の一杯二杯奢るのが常。
ひと通り聞くべきことを聞いて終わろうとしたのだが、
ここでも旅の目的について聞かれた。
「世界を見る?ハッまだ若いなぁ」
「そうかもしれないな。ではあなたの旅の目的はなんだ」
「おっ、よく聞いてくれたぜ!」
手に持った杯の酒をぐいっと飲み干し、勢いに乗せてテーブルに置けば、小気味よい音と共に男の独壇場が始まる。
「俺の旅の目的は、そうスリルさ!」
スリルって分かるか?若僧。
生きてなきゃ感じられねえ、あれこそが人生よ。
そう断言した男の仕事は崖に生える香辛料やら森の奥に生えるキノコなど、簡単には手に入らない食材を専門にした仕入れ屋で、
食材をより早く届けるための近道や獣を避けて歩く方法に詳しいらしい。
スリルが目的と言いつつ仕事には芯があるようで、酔いつつも線引きはしっかりしていて教え方も丁寧だった。
生にも感情にも乏しい人形だが、
どんな人間に出会えるか楽しめるようになったら、それはスリルかもしれないと思考の隅に留め置いた。
11.「飛べない翼」
保全報告にも読みたい気持ちを伝えてくださり、ありがとうございます。
本文できましたので、お送りします。なう(2024/11/13 12:45:57)
▶11.「飛べない翼」
10.「ススキ」博士のルーツ
9.「脳裏」
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1.「永遠に」近い時を生きる人形✕✕✕
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30年振りに訪れた宿屋を後にして。
人形は町から出るため道を進んでいた。
すると並木に差し掛かったところで、ピィ、ピィとか細い声が
地面の方から聞こえてきた。
雛が巣から落ちたのだと認識した途端、
先ほど出てきた宿屋の主人が少年であった頃の記録が関連づけられた。
人間1人、鳥1羽。
その命に対する判断は人間によっても状況によっても、同じ条件下においてすら気分という曖昧なもので変わってしまう。
巣から落ちた雛を見つける。
自然に手を加えるのは人間のエゴだとも、情けこそ人間に必要とも。
今はまだ飛べない翼でも、いつか飛ぶ。
その希望的観測に基づいた選択が正解とするのが人間だ。
周りの人間がこちらに注意を向けていないことを確かめ、
ひなの体の下に手を差しいれる。
そっと、ゆっくりと持ち上げて巣に戻す。
こちらが人形であるせいか、抵抗は少なかった。
静かに巣から離れれば、
母であろう鳥が素早く巣に入り、餌を与え始める。
様子を見ていると落ちた雛にも同じく与えられたので、
落下は偶然の事故であったようだ。
✕✕✕は道に戻り、歩き始めた。