君の背中
月曜から金曜日の毎朝七時五十二分。
いつもの駅から君は電車に乗り込む。
ギターかベースのケースをかかえて。
今日も学校に行って弾くのかなって。
私はそんな君を見て、何も言わずに。
君の目の前に座って、心で応援して。
君が電車を降りるまで、見つめてる。
案内が響いて、降りる準備を始めて。
ケースを背負う君の背中を見送った。
いつか、いつか、君の大きな背中に。
私のすべてを取り憑ける日を夢見て。
幽霊の私は今日も電車に揺られてる。
誰も知らない秘密
僕の秘密?
しかも誰も知らない秘密を知りたいって?
そんなの、教えてあげるわけないじゃん。
たとえば僕が底辺配信者だとか。
ミステリー作家を目指してるとか。
そんなの絶対、教えないよ。
秘密っていうのは、秘密だからいいんだよ。
静かな夜明け
静かな夜明けだった。
音も明かりも消え、地球上から生物が消えたかのようだった。昇ってくる太陽を見ながら、今日も一日が始まるのだと思った。
「構え」
足元から声がした。寝ている間に、囲まれていたらしい。見たことのない車がたくさんあった。
「撃てー!!」
その瞬間、体の腕や足に何かが当たる。煙が視界を塞ぎ、思わず咳き込む。不思議と痛みはなかった。
煙から逃れるように立ち上がる。たくさんの悲鳴が聞こえたが、気にしない。体を伸ばすと気持ちが良かった。
自分は怪獣。人類の敵、らしい。
ただ平穏に過ごしたい、だけなのに。
heart to heart
「heart to heart?」
目の前のソレは言った。そのあとにも言葉が続いたが、生憎オレにはわからない。残念。ここは日本だからさ。英語は通じないんだよね。まあ、心と心をどうにかしたいんだろうけどさ。
「無理に決まってんじゃん」
だって、オレはヒーローで、お前は侵略者だから。
街を破壊しといて、今更なにを言ってるの?
心と心を通わせたところで。
「てめぇを倒す未来に変わりねぇんだよ!」
永遠の花束
「今回もまたダメだった」
机の上に置かれた鉢には、土だけが残されていた。つい先日まで植物があったのに。芽が出て喜んでいたのに。息子はただ呆然と立ち尽くしていた。
「これで満足よ」
私は手に持っていたものを見せた。永遠の花束。この中にある花は自由に選ぶことができ、また枯れることもない。息子が初任給で贈ったくれたものだ。
「そんなの、所詮作り物じゃんか。本物の花を、かあさんに」
「あなたもわかっているでしょ?」
この地下世界では植物が育たないこと。
地上は温暖化の影響でとても人間が住めないこと。
そして私の命が永くないこと。
「けど、そうだね」
この言葉を告げれば、息子を縛る気がした。
これからの人生をすべて捧げる気がした。
それでも、あまりに悔しそうで。
私を、母を忘れて欲しくなくて。
「いつか本物の花を見せてちょうだい」