「はひゅ、ひゅっ…」
自分の手で包まれる、お前の首。
苦しそうに顔を歪ませて、少しでもの抵抗を示しているその腕が、自分の手に巻きつけられている。
「苦しいの?」
そう問うと、首をどうにかして上下させながら、くるしい、と必死に言おうとしているのが目に見えた。
「なんで、苦しいのか分かる?」
なるべく優しい声で、正解に辿り着かせてあげる。
「、さ、さん、そ、ひゅっ…」
「うん、そうだね。えらい」
正解したなら、ご褒美をやらなくちゃ。
手を、離してあげた。
すると、お前は必死に息を吸い込んで、首に手を当てて苦しんでた。
「気をつけようね。」
頭を撫でてやると、満足したかのように、うん。と答えた。
「、しょっぱ…」
起きたら知らないところにいたので、とりあえず腹を満たすために海水を舐めた。海水舐めるなんてなんでバカなこと、馬鹿しかしないんだろうけど、こんな一面まっさらで綺麗な海があるとこ、初めてだし。こんな世界現実にないし。どうせファンタジーワールドとかそんなもんでしょ?それか夢とか。だから、大丈夫。俺が馬鹿じゃないとだけ、言っておいてあげる。
ま、海水は海水だからしょっぱかった。
当然だけどネ。
5歳くらいの小さい時に、一回海水を舐めたことがあるんだけど、そのときとは少し違った。しょっぱいんだけど、あの時の味じゃなかった。なんか、不思議なキモチになれる味だった。変な味。直接感想を言うと、そんな感じね。あの時はコテンパンに怒られたなぁ。進んで舐めるもんじゃねえって、言われたっけね?
そこからちょっと海に沿って歩いてみたんだけど、なーんにもないし、上見たってあるのは空じゃなくて一面の白。なんの変化もない、海の音だけが響くこの世界はなんともつまらない。世界は変化があるから面白いのに。なんもなかったら、それはただの絵みたいなもんでしょ?そう思わない?
まあ、余談もそこそこに、俺実は困ってるんだよね。この世界での時の進み方がわからないから、ここにきてからどれくらい経ったのかわからないんだよね〜。流石にこれから海水だけで生きてけってのも、なんとも鬼畜な話だし。美味しいもの食べたいもんね。あ、ショートケーキ食べたいなあ。
ちょくちょく、さっきから海水舐めてるんだけど、すごい変な感じになるの。味が、とかじゃなくて、普通に頭が。
ぐわんぐわんってよりかは、ふわふわ?って感じ。
なんか、なんも考えられない感じがするの。
これってなんでなんだろうね?治るのかな。今熱出たとか、やめてよね、冗談でもきついんだけど?
なんか頭のふわふわのせいで、上手く歩けなくなってきたんだよね。足もおぼつかないしさ、視界がぐらぐらして、歩きづらい。
あ、転んだ。そんなこと考えてたら、転んじゃったじゃん。
でも、痛くない。そういえば、昔も転んでも何も痛くないときがあって…。
…?あれ、なんだったっけ。
もう手足も動かせない。寝てるだけ。この世界は現実じゃないんだから、起きたらどうせベットの上か、なんかでしょ?
まあ、いいや。なんとかなるよね、おやすみ。
「…ここ、どこ?」
注意
「ね、×××は俺から離れてったりしないよね?」
痩せこけた細い手のはずなのに、握りしめる力は信じられないほどに強い。大きな目のさらに奥の何かが、自分を捉えている。
「当たり前でしょ。離れてくわけないだろ?」
実験中だったフラスコを机上において、空いている左手でその握りしめてくる手を優しくさすってやる。すると、安心したのか、ゆっくりと手を離した。
「だよね、よかった。もう、俺アンタしかいないんだ。捨てないで、おねがいだから…」
顔を伏せ、震え始める睫毛を見つめる。いつもはきらきらしているそのターコイズブルーの瞳が、不安で揺れている。
今にでも目から溢れそうなその粒を指で拭ってあげる。
「もう、心配性だなぁ。泣かなくても大丈夫だよ」
俺に堕ちて、そのまま。君には俺さえいればいいんだよ。
「当たり前でしょ。離れてくわけないだろ?」
ふわふわの金髪を揺らして微笑んでこっちを向いてくれる。
とっても優しい、俺だけのヒーロー。
俺が周りから遠ざけられていた時に、声をかけてくれた。
そこから、ふたりで研究室を造り上げて、ずっと一緒。
「だよね、よかった。もう、俺アンタしかいないんだ。捨てないで、おねがいだから…」
嗚咽を我慢して、そう告げる。上向いたら溢れちゃいそうだから、下向いて、顔を見ないようにした。
そしたら、さっきまでフラスコを握ってた左手で、俺の目元に滲むものを拭い取ってくれる。
「もう、心配性だなぁ。泣かなくても大丈夫だよ」
俺だけに見せてくれる笑顔。アンタだけに見せる俺のキモチ。ぜんぶ、アンタだけのモノ。
アンタさえいればいい。ただ、アンタだけ。
「本当に行くのか?」
霧で覆われた森に、足を踏み入れようとしているヤツに声を掛ける。自転車を止めるためのストッパーを足で下ろしながら、こちらをみていた。
「行くよ」
結われているふわふわの癖毛を揺らしながら、そう告げた。
「なんでだよ、危ないだろ。この時期は森に入っちゃいけないんだ。知らないのかよ」
漕いでいた自分の自転車をとめる。
睨みを効かせた目をむけると、奴は逆に睨み返してくる。
「早く見つけてあげないと。何があるかわからないんだから」
こいつが探そうとしてるのは、二匹の猫。
元々はウチにいた猫たちだったが、奴が引っ越してきたときにみた花に猫たちは夢中になっているらしく、時々家を出ている。
猫なんて、犬のように永遠についてくるものでもないのだから、一人旅ならぬ二人旅でもしてるだろう。そんなに心配するものでもないはずだ。
「猫は色んなところ行くだろ。森に行ったかなんて分かんないんだからわざわざ行く必要ない」
「でもダメなの。朝、ここら辺を彷徨いてたの。その時は人もいたから気にしてなかったけど、もう人もいない。ご飯だってこんな森の中じゃ見つかるわけないでしょ?私が探しに行かないと、誰が行くっていうのよ」
俺のいうことに、少し起こっているように見える。ヤツは怒るとはちゃめちゃにめんどくさい。
このままじゃ埒が開かないから見つめるその真剣な眼差しに、俺は折れてやることにした。
「…すぐ戻るぞ」
「ついてきてなんで頼んでないけど〜?」
「うるさい、お前泣くとめんどくさいからついてってやるだけだ」
そして俺たちは、その森に姿を消した。
あの星降る日、君に出会った。
腰まである、黒髪。艶艶と輝くその髪の毛は、いつも私を魅了させていた。世には、骨格ナチュラルといわれるであろう痩せこけた身体。肩幅があるというわけでもなかったが、痩せているせいで華奢なはずの君は、骨のようだった。
小さい頭は、整った顔のパーツを最大限に生かしていた。
大きな目に、ぱちぱちと目を瞑るたびに震える睫毛。
全てをひっくるめて、鈴のような声を発する君の喉は、美しくて、私のモノにしたかった。
だから、首を絞めた。
綺麗な君の顔が、少しずつ歪んでいくのをみて、私は口角が上がるほどの思いをした。
くるしい。やめて、と必死に私を訴えるその腕は、白くて細くて、かぶりついてみたい程だった。
少し時間が経った時、ようやく拘束が解けた。
ぐたりと寝そべる君に跨って、首についた私の手の跡を見つめる。これで、やっと私のモノにできた。このコはたまーに包帯やガーゼをつけていたし、きっと嫌なことも多かったんだよね。だから、私が解放してあげたんだ。
優しいよねー、うち。
あれから数日、せっかく君を手に入れたのに、まだ何か足りない。空いた手が、つながらないような感覚。
あれ、君を手に入れたと思っていたのに。
まだ、届かない。
君には、まだ届かない。