シシー

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3/2/2026, 4:03:58 PM

 私はいつも無力だった



 怪物で溢れかえったこの世界で、何かしら能力を持たねば生きていけない世界で、私は無能で無力だった。

 幼い頃、遊びに行った海岸で巨大な龍のような怪物に襲われたときだ。勇敢に立ち向かう人々が食い散らかされるのを近くの洞窟の中から見ていることしかできなかった。

 あるときは、死の間際にいる人への慈悲を与えるのも癒しを施すこともできずその手を握り続けた。苦悶に顔を歪め繰り返される恨み言に返す言葉もなく最期を看取った。

 この前は、花を供えた場所が荒らされ弔いも拠り所もなくした人々が怒り狂った。荒らした怪物は討伐されたが花を供えた私は誰にも気に留められることなくその場を去るしかなかった。咎められることも償うこともできなかった。

 それでもできることといえば、ここまで生きてこられたこの悪運でたった一人を守り抜くことだけだ。この手で抱きしめて離さなかった存在だけは怪我1つなく生き残る。
病は癒せずとも祈りを捧げることで最期を見届けることができるから、遺した言葉も伝えられる。

 「あなたはわたしの希望よ」

 愛する我が子を私に抱かせて小さな額に口づける母親。そして私の目を見て迷いなく言い切るのだ。我が子を生かしてくれ、と。焼かれ赤く爛れた両手の代わりに私を選んでまた戦場へと向かうのだ。



 私はいつも無力だったのに



             【題:たった1つの希望】

2/28/2026, 10:09:54 PM

 小さな欠片を集めながら進んで行くの

 オープンワールドを好きなように駆けたり飛んだり泳いだりしながら街を目指すゲームがリリースされた。バトル要素はないが、冒険ギミックが豊富で隠し要素を網羅しようとするとかなりの時間を要する。バトル系が苦手な人でもできる易しいゲームである。

 やることはシンプルで、街に辿り着くこと、が目的でゴールである。あちこちに落ちている星の欠片を集めて、それを様々なアイテムに加工し、道中の村や集落で売って旅費を得る。体力や空腹口渇ゲージがあるのでゲーム内アバターの『プレクス』を細めに世話しながら進んでいく。

 たまに発生するストーリーイベントはどれも抽象的かつ断片的で考察要素もありハマる人は嵌まる。アバター名がある時点で何かしら想像できなくはないが、公式は明言せず、街についても答え合わせはなく終了する。今後ワールドが増える予定はあるらしいがそれすらも未定のふわふわな曖昧っぷりだ。気長に待てるかどうかが肝である。

 それにしたって、このプレクスとかいう種族、種族と言っていいのかすら不明、はどうしてこういう見た目なのか。
真っ白なデフォルメ素体をそのままアバターとして動かし、あちこちに落ちているアバターパーツを拾って好きなように飾り付けられる。目だけは閉眼がデフォルトだがそれ以外は割と充実していて、課金要素もある。ゲーム進行にも影響してくるのでパーツ集めも重要な要素だ。ちなみにガチャとかはない。ひたすら探索、探索次第で進行難易度が変わることもある、発生するストーリーにも小さな変化がある。あ、パーツは一度決めたら変更不可だからそこだけは注意が必要だ。服も靴も変更できない。

 一番衝撃的なのは街に着いた後だ。ネタバレにはなるが、なんとなく予想はつくだろうし構わないだろう。
 プレクスは街に着くと操作不能となり、ひとりでに神殿へ向かう。街の中央にある大きな湖に浮かぶ真っ白な神殿は舟は出せない橋も渡せない謎のパワーがあり、今まで誰一人辿り着けたことがない未踏の地であった。プレクスは当たり前のように水面を歩いて神殿に向かい、神殿内部の大きな星の欠片にその身をかけて祈りを捧げる。
 そこでエンディングムービーがはじまり、ひたすら光る星の欠片を眺めていると、最後に欠片が集まって真っ白なデフォルメ素体が完成する。だが、どれだけ探索しつくそうと「欠片が足りない」と表示される。
 そしてまた、最初から、になるのだ。


 
 今度こそ、見つけてね



               【題:遠くの街へ】

2/25/2026, 5:31:48 PM

 一定の距離ってなんだろう



 「ようやく名前を呼んでくれた」

 そう言って嬉しそうに笑うあなたをみて、初めて気がついた。会話は普通にするし、冗談も言えるくらいには打ち解けていたのについさっき初めて彼の名前を呼んだ。
 理由はわからない。彼が嫌いな訳ではないし、むしろ好ましいと思う。友人になれたらいいなとすら考えていた。
なんで、どうして。責められてもいないのに、彼は何も言っていないのに、きつく叱られたような気がして苦しい。

 「敬称はいらないからさ、また呼んでよ」

 彼は変わらず嬉しそうに笑っている。なのにどうしてこんなにも罪悪感でいっぱいになるのだろうか。
 なんて返せばいいのだろう、名前を呼べばいいのか、それとも彼が好みそうな話題を振ればいいか。その前に私は今ちゃんと笑えているのかな。

 「泣かないでよ、大丈夫だからゆっくりでいいからね」

 呆れられただろうか。重たいと思われたかな。面倒くさいからと離れて行ってしまうかもしれない。余計な気を遣わせるようなことしたくないのに、なんで、どうして、ごめんなさい。

 あのね、私はすごく怖がりなの
 だからどうか、離れていかないで

 何度も、何度も彼の名前を呼んだ。その度に返事をしてくれて、嬉しいよ、ありがとう、を繰り返し伝えてくれる。その優しさに触れる度に私はもっと苦しくなる。その優しさが嬉しいのにそれ以上に怖くてしかたない。
 心配そうに揺れるその目が、冷たく鋭く私を映さないビー玉のようになる光景がちらついて恐ろしい。

 「…何がそんなに怖いの?」

 ああ、ほら。ほらね。
 ボタボタと音を立てて降り出した雨に項垂れる。涙が雨粒に飲み込まれて消えてしまって、それに安堵してその場にへたり込む。直前、腕を強く引かれてそのまま一緒に走り出した。バシャバシャと地面を蹴りつけているのに足元はふわふわして覚束ない。

 「降られちゃったね」

 その笑顔は、さっきまでのと同じですか。
 それすら怖くて私は何も言えないの。




               【題:物憂げな空】

2/17/2026, 9:52:45 AM

 その謎のこだわりがよかったのかもしれない



 恋人時代はいつも何を考えてるのか分からなかった。

 いつもどこか遠くをみていて目は合わないのに、私が一歩下がろうとすると背中に手を添えてくる。
適当に相槌を打って気の無い返事ばかりするくせに、私が何か言いかけて口を噤むと、もっと話せ、と言う。
 いつもどこか優しさを発揮するタイミングが噛み合わない気がして、好きなんだけどそうじゃないみたいなモヤモヤとした気持ちがあった。


 お揃いの指輪をつけるようになって、少しだけ見え方が変わった。

 手を繋ぐとき、指輪をはめている手で繋いでくるようになったのだ。以前とは反対の立ち位置に首を傾げるばかりだったのだが、ふと彼の顔を見上げてみた。
 だらしなく口元が緩んでいて、目が合った瞬間にバッと勢いよく顔をそらされた。手を離そうとするのを力を込めて引き止めて声を出して笑ってしまった。
今まで必死に隠していただけだったのかと、自惚れていいのかと、色んな気持ちが溢れていく。

「好きだな、そういうとこ」




                【題:誰よりも】

2/15/2026, 12:05:52 AM

 可哀想と思うのは私が人間だからだろうな

 古い骨董品を扱う老舗が店をたたむことになったらしい。骨董品屋の中でも特に古いものを扱っているので、マニアですら匙を投げるような状態のものや用途不明のものが多い。
でも晩年は買取業のようなものもしていたので比較的新しいものも多少ある。苦肉の策ではじめた経営に失敗のだろうな、という印象だった。

 広い建物なのでこれだけ客が押し寄せても歩くのに不便はない。いつかぶりの盛況ぶりに店はてんてこ舞いであるが、店主は嬉しい悲鳴だと笑っていた。近所でよくおやつだのおもちゃだのもらっていた私が幼い頃から変わらない気のいい爺さんだ。
店内を一緒にゆっくりと歩き回りながら様子をみて回る。顔なじみに挨拶をし、品のない客を追い返し、乱れた陳列を整える。
 お前には特別に、と奥の間へと連れていかれた。店の手前は安価な物を置き、奥に行くほど高価で貴重な物が置いてある。だから客足も少しずつ減って、特に奥の間に通されるのは常連か太客くらいのものだ。
 金は持っているのか、と聞かれて年齢に千をかけた分しか持ってないと答えるとしょっぱい顔をされた。ここでケチだと言わないのがこの爺さんのいいところである。

 年配の店員が呼ばれ、これまた古く使い込まれた品々が並べられた。わらわらと古い着物をきた男たちも一緒に来たのだが、台の向こうに座って私を観察してくる。
気にせず爺さんの解説を聞きながら商品をみる。私でも買える価格帯のものばかり選んだから使い込まれた日用品くらいしか出せないと残念そうに言われたが、丁寧に扱われていたようで欠けや剥げはあっても壊れているものはない。
 悩んだ末、飾りが一部欠けた簪と褪せた一輪挿しを選んだ。派手さはないが造りが複雑な簪は見応えがあるので、青磁の褪せた色の花瓶によく映えると思ったからだ。
爺さんは2人の男を呼んで、私についていくよう言った。世間知らずの若造をよくよく頼んだぞ、と言って裏口から帰された。2人の男と共に説明もなく、だ。

 ポカンとしていると、背の高い方の男にベンチに誘導された。そこに座ると両脇に男たちが座ってきて、どうしてそれを選んだのか聞いてくる。
そのまま会話をしていたのだが、爺さんと話しているかのように話しは尽きず延々と昔話や品物自慢を聞かされた。
 分かったのは、ある夫婦が恋人時代に送り合った品物同士で悩みに悩んで手に取った一級品だったということ。何代にもわたって使われたが、決まって晩年は一輪挿しに簪を飾るという使われ方をしたらしい。

 「あの子が目をかけているのなら間違いないさ」

 薄々気がついてはいたが、後にも先にもこの2人の男をみることはこれきりだろう。想い想われた主人らの縁から離れてしまうのだ、ただ寂しそうだというのはあまりにも安っぽい感想に口を噤む。
 選ばれるのを待つしかない彼らに私ができるのは大切に扱うということだけ。

 あなた方は運がいい、今日はその逸話にぴったりの日だ

 遠い目をした彼らに今日という日がもつ意味を教えてやる。チョコレートではなくても贈ることに意味があって、贈り合いなら余程お互いのことを考えていたのだろうと微笑ましくなる。そういう日なのだ。
 少しでも彼らの救いになれるように、ね。




              【題:バレンタイン】

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