これが過ちの代償…?
魔法の髪をもって生まれたお姫様を誘拐した。
この世界には万能薬が存在した。正当な手順を踏んで魔法の花から万能の効果を得て作る、特別な薬だ。
それを、王族が根こそぎ奪いこの世界から永遠に消し去った。魔法の花はアレが最後の一輪で、手順を守らなかったことでもう二度とどこにも咲かない。
だから魔法の髪をもった姫は何がなんでも守らなければいけなかった。
姫は王族らしからぬ品位のない女になった。教養も礼儀もマナーも、幼い頃から教えてきたのに、だ。
仕事から戻ってきて目にしたのは何人もの男とベッドで寝る姿だった。こんな爛れた環境では守れない。森の深くにある隠された塔に姫を閉じ込めた。
それなのに姫は勝手に抜け出して、今度は指名手配犯に心酔しだした。ようやく連れ戻せたと思ったら、大事な髪を切り落としてしまった。なんてこと、なんてことっ。
一度は捕らえられたが、姫は醜悪な顔で笑いながらもっと楽しませろと城の牢から追い出された。国中の民や衛兵に追いかけ回され、暴言を浴びせられ、暴力を振るわれ、やっとの思いで地下の塔、万能薬を作るアトリエに逃げ込んだ。
道中ずっと守ってくれた婚約者と今後のことを話し合っていたとき、衛兵たちが雪崩込んできた。奥へ身を隠そうと走り出したのに、婚約者は衛兵に向かってへらへらと頭を下げて自分だけでも助けてほしいと懇願しはじめた。
もうこの人もだめだ、そう思って一人で奥へ逃げた。何かを切り裂く鈍い音が背後で聞こえ、涙が溢れた。
分厚いシェルターの扉を開けて急いで中に入る。どんなに頑丈でもこの人数差では時間の問題だ。
これまでの人生を振り返る。
薬屋として長い時を生きてきた。いつしか魔女と呼ばれるようになり、尊敬から恐怖の対象へと変わっていった。
それでも患者はいた、だから助け続けた。生きる手段も方法も知っていたから助けた。
壁一面に並ぶカルテを見上げる。ずっと昔のものからつい最近のものまで、ありがとうと言いながら元気に去っていく人たちの顔は今でも覚えている。
扉が壊された。
冷たい刃が身体を貫く。
全て患者のためだった。
身勝手な王族への怒りだった。
みんな、みんな、何も分かってない。
「命を、なんだと思ってるの」
姫のために、一体何人の人が死ぬのでしょうね
【題:最後の声】
…我慢すればお金がもらえる
笑うことは義務であり、自分を守るための盾であり、立場を保つ武器でもある。
相手が喜ぶ言葉で、態度で、物で、自分を殺すことで理想に近づける。我慢を塗り重ねて、不快を身に纏って、痛みを履きこなす。笑顔を崩さずしゃんとすることだけが私の価値になる。
そんなことは長くは続かなかった。
痛いものは痛いし、嫌なことは嫌だ。我慢ばかりだと精神だけでなく身体までおかしくなる。
浴びるように酒を飲んで思考を歪ませても現実は待ってくれない。どこに行ってもお金お金お金、お金がものを言う。足りなかったら自分をすり減らして稼ぐ。
ねえ、お金が存在しなければもっと平和になるかな。
痛かった。
採血できないとか、点滴が落ちないからとか、何度も何度も腕に針を刺された。
苦しかった。
髪は抜けるし、爪はすぐ割れるし、力が入らないからペットボトルも開けられない。味のしないゴムみたいな食事を流し込んでは吐き出す作業は苦しい。
もう嫌だ。
無神経な医者の言葉とわざと話題を逸らす看護師の白々しい嘘が気持ち悪い。歳が近いからなおさら、友達でもないのに親しげに、でも仕事だから嫌々と、全部バレバレだよ。鬱陶しい。
退院した。通帳にはみたことない額が記載されていた。今までの全てが無駄じゃなかったと歓喜した。
通帳をみられた。すごく嬉しそうに笑ってよく頑張ったと褒められた。お前らは何もしてないくせに、その言葉は飲み込んで笑った。記載されないだけで減り続けるお金の音が聞こえた気がした。
「ねえ、お金なんていらないから、さ…」
私をみて。
私を愛して。
すぐになくなってしまう紙切れより、私を。
私を、みて。
【題:小さな愛】
『青は全部、紛い物よ』
真っ白な肌によく映えた赤い唇は、毒を吐く。
そんなことを言ったら私たちがやっていることは何の意味もなくなってしまう。最悪、死んでしまう。
一世を風靡した青い血の一族。
脈々と受け継がれる偏った思想と慣習によって酷く歪められた呪われた一族だ。
私にはその一族の血が流れている、らしい。
直系のご子息に気に入られた母がこっそりと産み落とした不義の子というやつだ。そんなのはよくあることで、一族が根絶やしにされても家門を残すための保険として見て見ぬふりされている存在である。
まあ、母が私を産んだのは単に愛人として生活費を受け取るための口実にするためだ。美人な母に似て整った顔立ちと発育のいい身体は父をさらに喜ばせた。
なんせ、一族は呪いの影響で男女問わずみな身体のどこかに欠陥をもって生まれるので誰も彼も美しさとはかけ離れた容姿をしているのだ。誇れるのは己に流れる血だけ、という残念な一族だった。
そこに私が生まれた。どこにも欠陥がなく、その上器量良し発育良しとくればもう、とても便利な駒となり得る。
だから両親は私を大切にする。
――紛い物の青を一等大事にするの
バレたらきっと、例の広場に並べられたもののように腐った醜い姿を晒されるのだろう。
よく晴れた空の青が、腐った褐色に映って濁る。
どこにも青い血などありはしない。あるのはその辺にあるのと同じ色だ。綺麗なものも高貴なものもありはしない。
空の青も、同じだったりしてね。
『血の色で証明できるものなんてないのに、バカな人』
【題:空はこんなにも】
自分の存在価値を証明したかった
いつも誰かと比べて、いい子であり、劣っている子だった。テストの点数も、賞をとるのも、運動神経、服のセンス、容姿、性格。私という存在を形作るものは全て、誰かと比べられること、でようやく認識される。
特に妹と比べられることが多かった。
一つ年下の妹は私とは正反対の明るく素直な性格をした可愛い女の子だった。よく回る口と頭で大人を翻弄し、周りを味方につけて、注目されることを恐れず自由に振る舞った。当然、私はいつも2番目の扱いをされた。
思春期になると、妹は荒れた。非行に走ることはなくてただ反抗的なだけのかわいらしいものだ。だけど大人には都合が悪かったらしい。
思春期もなく反抗もしない大人しい私にスポットライトが当てられた。ようやく私の番がきた、嬉しい。短い主人公生活にすっかり心酔してしまった。
もう全部昔の話。終わったことだ、何もかも終わった。
ずっと憎くてたまらなかった。比べることでしか私という人間を存在させてくれない大人が憎くて憎くてたまらない。
妹が子供を産んだ、かわいらしい小さな姪っ子。写真の中で幸せそうに笑っているのに、今はもうどこにもいない。こんなに小さな子から母親を奪い、それを残念がるクソッタレ共がなぜのうのうと生きている。
キラキラと光る水面に、月は映らない
身体中が痛い。鉄の味と臭いが濃くて嫌になる。頭が働かない。わんわんと泣く子供の声が聴こえる。
こんなの、トラウマものでしょ。
「…約束、果たせなくてごめん」
ぞろぞろとクソッタレ共が部屋を出ていく。子供の声が遠ざかって、残念だけど、それが正解だ。
痛くて怠い身体を起こして、隠していたロープを取り出す。いたずら好きの子供が入ってこられないよう、しっかりとドアノブに固定して準備は終わり。
最初から最後まで映しているだろうレンズの向こうに手を振ってみる。なんだか気恥ずかしくてすぐやめた。
「生まれなきゃよかったね、私も、あんたも」
写真の中では相変わらず幸せそうに笑ってさ、本当にそういうとこすごいよ。昔からずっと私の憧れだった。
自分の存在価値を証明し続けた妹も、
なんの価値も示すことなく道具になった私も、
みんな、みんな、始めから存在しなかった
人が狂うのは簡単だ
夢と現実を交互に与えるだけ
それだけで私たちは消える
「クソッタレの、人殺しめ」
――姪っ子がこの動画を、見つけませんように
【題:子供の頃の夢】
―――もっとホラーを楽しめよ…
何十年も前から廃墟となっている洋館にやかましい大学生5人組がやってきた。言わずもがな、肝試しのためである。そして無許可。不法侵入。何が起こっても自業自得。
洋館は張り切った。何しろ廃墟になってからお客が来たのは初めてなのだから。犯罪者だったり裏社会の人だったりはたまに来ていたが、あんまりにもマナーが悪いのでお客さま対応しなかった。
だけど、この5人はご丁寧に挨拶しながら入ってきた。1人を除いてみんないい笑顔で元気よく館内を闊歩している。
嬉しくなってロビーを昔のような綺麗な状態にしてみせた。可愛い悲鳴に大満足である。
廊下に出ようとしたから明かりをつけてあげた。装飾の凝った客室や綺麗な絵画を飾った談話室、見晴らしのいいバルコニーや天蓋付きの大きなベッドがある寝室。前のご主人たちがこだわり、絶賛した屋敷を案内した。
5人ともたくさん叫んで走って楽しそうだ。みんなも嬉しかったのか、いつになくはしゃいでいる。
最後に美しいステンドグラスをふんだんにあしらったホールへと案内する。もっとも栄えたあの時期を再現して5人にみせた、はず、だった。
綺麗だと言ったのは1人だけで、あとの4人は廃墟最高と歓喜の雄叫びをあげた。
見かねた奥様が窘めようと近づくと、フッとろうそくの灯のように消えてしまった。動揺したお嬢様たちが奥様を返せと掴みかかるが誰にも触れることなく消えてしまう。坊っちゃんたちが物を投げつけようとしても何にも触れられず、使用人が周りを取り囲んでも、5人は何の影響も受けていない。1人だけ驚いたり4人の誰かの後ろに隠れたりしていたが、いたって健康そのもの。
次々と消えていく幽霊たちをその1人だけが最後まで見届けた。残るはご主人だけ、となったときだ。ホール前方にあるステージに5人は並んで記念撮影を始めた。そこはご主人が最期を迎えた場所でもある。当然、写真にはばっちり写ったらしい。
アワアワしているご主人のことは直接みえていないのか、見当違いな方向を向いて丁寧に挨拶をして5人組は帰っていった。
その後、すっかり静かになってしまった洋館でご主人は寂しいと泣いて、成仏してしまった。
なんか、もう、色々と言いたいことはある。でも喜びやら怒り、寂しさ、たくさんの感情がぐちゃぐちゃになって言葉にならない。
だが、まあ。一つ言えることは、
―――もっとホラーを楽しめよ…
人間ってこういうの好きなんでしょ。
なんでそんなに予想外なことばっかりするの。
みんないなくなっちゃったじゃん。
寂しいよ、行かないでよ、一人にしないで…
【題:どこにも行かないで】