…我慢すればお金がもらえる
笑うことは義務であり、自分を守るための盾であり、立場を保つ武器でもある。
相手が喜ぶ言葉で、態度で、物で、自分を殺すことで理想に近づける。我慢を塗り重ねて、不快を身に纏って、痛みを履きこなす。笑顔を崩さずしゃんとすることだけが私の価値になる。
そんなことは長くは続かなかった。
痛いものは痛いし、嫌なことは嫌だ。我慢ばかりだと精神だけでなく身体までおかしくなる。
浴びるように酒を飲んで思考を歪ませても現実は待ってくれない。どこに行ってもお金お金お金、お金がものを言う。足りなかったら自分をすり減らして稼ぐ。
ねえ、お金が存在しなければもっと平和になるかな。
痛かった。
採血できないとか、点滴が落ちないからとか、何度も何度も腕に針を刺された。
苦しかった。
髪は抜けるし、爪はすぐ割れるし、力が入らないからペットボトルも開けられない。味のしないゴムみたいな食事を流し込んでは吐き出す作業は苦しい。
もう嫌だ。
無神経な医者の言葉とわざと話題を逸らす看護師の白々しい嘘が気持ち悪い。歳が近いからなおさら、友達でもないのに親しげに、でも仕事だから嫌々と、全部バレバレだよ。鬱陶しい。
退院した。通帳にはみたことない額が記載されていた。今までの全てが無駄じゃなかったと歓喜した。
通帳をみられた。すごく嬉しそうに笑ってよく頑張ったと褒められた。お前らは何もしてないくせに、その言葉は飲み込んで笑った。記載されないだけで減り続けるお金の音が聞こえた気がした。
「ねえ、お金なんていらないから、さ…」
私をみて。
私を愛して。
すぐになくなってしまう紙切れより、私を。
私を、みて。
【題:小さな愛】
6/25/2025, 3:35:39 PM