これはもう、絶対に許してもらえない。
どれだけ言葉をつくしても、頭を下げても足りない。底のないバケツに水を注ぎ続けるように無意味で、時計の秒針がただ動き続けるのをわざわざ注視しないのと同じ。
何をいっても言い訳で、謝罪をすることは当たり前。
だって、私が悪いから。
でも1つだけ方法がある。これが効くのは彼相手だからで他の人になんてしようとも思わない。どんなに怒っていても決して私から目をそらさない彼にだから通じる。いや、通じてほしい。そうじゃないと泣いちゃう。
彼の正面に立つ。きっと距離をとろうとするから逃げられないように首元に腕をまわす。力では勝てないから素早く近づくんだ。彼は驚いた顔をしているだろうけど私は必死だから気づかない。恥ずかしいくらい真っ赤になって今度は私が逃げるだろう。
その後は、どうだろうか。やっぱり許してもらえないだろうか、それとも逃げることだけは許してくれるのか。
私はどうしようもなく彼に囚われていて、彼もそうであってほしいと思ってしまう。だめだ、やっぱり泣きそう。はやく許して。
【題:本気の恋】
『またね』
その言葉に安堵していた頃が懐かしい。楽しい時間が終わってしまう悲しさを曖昧な約束が癒やしてくれる。
こんなにも誰かと離れることを悲しむのは初めてだったんだ。
『バイバイ』もしくは、『さよなら』
あんなにも色鮮やかだった時間に嫌悪感を抱いた。些細なきっかけからヒビが入ってそれが埋められない溝となっていった。嫌いになったわけではない、でも、苦しくてしかたないんだ。
だからあの日、言葉をかえたのだ。
あれから月日が経って色んなことが変わった。
一人取り残されて、決して多くはないだろう時間と向き合ったときふと思い出した。さよならを伝えた人や伝えられなかったけどさよならした人に会いたくなった。
とても身勝手でわがままで、純粋な好奇心だ。
どうなったかな、忘れられてしまったかな、怒っているだろうか、嫌われてしまっただろうな。
それでもいい。未練や後悔なんてないけれどまだ存在しているのか確認したい。ああ、本当に自分勝手で嫌なやつだな。こんなにも心躍るのは久しぶりなんだよ。楽しみ。
【題:踊るように】
私はパズルを組み立てている。
完成図もなければ、絵や柄もないまっさらなパズルだ。ピースの大きさや形も不揃いな上に必要な個数もわからない。
〝私〟という人間の一生をかけたパズルだ。
1日が終わるたびに少しだけ世界が広がり、そのどこかにピースがある。きれいな色だったり濁っていたりその日を表したような色形でみつけるのに苦労する。感情が色であれば出来事は形として表れ、大きさは充実度を示す。
最初ははめ込むのも簡単だったのに広がりすぎたパズルはあるべき場所を探すのも大変になってしまった。不思議なことに過去のピースほど色褪せて、あるのかないのかわからないくらい透明になっている。触ればあるのはわかるから消えてはいない。
ついに終わりがみえてきたとき、大事なことに気がついた。パズルの全体図がなんとなく予想できてしまったときから覚悟はしていた。私にとって1番大切なものだったと今になって気づいたのだ。
赤く、燃えるように鮮烈で、温かくも冷たいそれ。
このパズルは完成しないまま終わるだろう。大切なものを得られないまま死んでいく私のように、白く褪せていつか無色透明になって吹き飛んでいく。
真上からみたパズルは〝私〟だった。
心臓があるはずの位置にはピースがない。欠けてしまったのか元からなかったのか、探すのを諦めてしまったのか。
きっとそこには真っ赤なハート型のピースがあったはずなんだ。命をつなぐ象徴をかたどったものがあったはずなんだ。
パズルが端から燃えていく。ここも時間の問題だ。
私の時は終わったのだとわかるんだ。
悲しくはない、後悔はない。
完成しないことが正解だったのかもしれないな。
【題:時を告げる】
いつか
いつか私がだめになったとき
あなたは助けてくれるだろうか
そんな淡い期待は数年前に砕かれて、結局誰からも助けてもらえず全てを失った。いや。正確には私が遠ざけてしまってそのまま縁が切れただけだったはず。
特に惜しむことはないけれど、あの時期のことはあまり記憶がない。人生のどん底とはああいうものだったんだという認識だけ残っている。私にはそれがあまりにも心地よかった。
縁が切れてしまったのは悲しかったけど安堵したのも事実だ。仲良くはしていたけど友だちでもない人たちに囲まれて過ごすのは苦しかった。そんなだから信頼関係なんてものはなく、私がいないところでバカにしていたのには気づいていた。そんなことはどうでもよかった。それだけで関係を保てるなら安いものだ。
なんてことはなく、積もり積もった透明なストレスが私の首を絞めた。雨の日は窓を開けた、ベランダに出た、深夜にこっそり散歩した。傘なんて差さず濡れながら時間が過ぎるのを待っていた。
私がだめになったところで代わりはいくらでもいる。
助けなんてこない。我慢してもしなくても陰口はやまない。雨に打たれてどれだけ洗い流しても消えやしない。
―私という存在は雨に溶けることすら許されないんだ
【題:雨に佇む】
どれだけ高く飛んだって誰もみてはいない。
なのにあの子はいつも人に囲まれて称賛を浴びている。にこにこと愛想のいい笑顔で、人懐っこい態度で、軽快な口調で相手を楽しませる言葉を吐く。
わかっていたことだ。いつもどんな状況でも愛嬌のある子が可愛がられるのだ。中途半端に役立つだけの道具より愛着のある宝物の方が大事にされる。
毎日それを思い出す。耐えて耐えて、耐えられなくなったときその輪を離れて雨の降る場所へ逃げた。
ほんの少しの善意とどうしようもなく膨らんだ嫉妬と嫌悪感を洗い流すために、逃げる。あの子をみていると劣等感に押しつぶされてしまう。私が私ではいられなくなる気がする。
ザアザアと降り続ける雨の中を歩く。ふくらはぎ中程の浅い小川に足を浸す。雨が打ちつける音が地面のときよりもっと水気を含んだものになる。それが雨だけのせいだったならこんなに苦しくはないのだろう。
息苦しい。水面に映って揺れる自分の顔の酷い様。こんなときですら声も出せず唇をかみ続けることしかできない。
そして、期待してしまっている。バカげた妄想だと笑ってしまえたらよかったのに、毎回そうなんだ。
優しいあの子が私を迎えにくる。傘もささずに濡れながら屋根のある場所へ連れていってくれる。
その優しさすら私を苦しめる毒にしかならないのに、私はその手を離せない。苦しいけど嬉しいのだ。誰にもみてもらえない私をあの子だけはみてくれるから。
だから、雨が好き
【題:空模様】