思いついたらすぐに行動に移す自由奔放な少女と、決められたことを遵守し道を外れることなく生きる少年がいた。
二人の相性は最悪で顔を合わせるたびにいがみ合い喧嘩していた。ただ喧嘩とはいってもお互いの悪いところを指摘し合うだけの戯れに過ぎなかった。
だが、周りは違った。
二人が喧嘩をするたびにどちらかに便乗してもう片方を酷く罵った。ありもしないことや嘘、罵声や否定を繰り返した。周りの苛烈さに本人が止めに入っても事態は悪化するだけで、終いには二人の存在自体を否定した。
周りから孤立してしまった二人は、自然と手を取り合いその場を去っていった。もともと意見や価値観が合わなかっただけでお互いを嫌ってはいなかったのだ。そう、嫌いではなかった。
―少女は少年の常に正しくあろうとする芯の強さに憧れていた
―少年は少女の即決し即行動する姿に憧れていた
お互いになんとなく察していた。相手が自分に憧れていること、自分が相手の憧れになっていること。二人は知っていたのだ。
譲れないものがあるからこそ喧嘩になってしまっていただけで、相手を否定することも罵ることもありえないことなのだ。二人にしかわからない、歪なコミュニケーションをとっていたのだ。
「あの人たちは正しくないね」
「はやくあの人たちから離れるべきだったな」
クスクスと笑いながら二人は歩く。
身勝手極まりない周りの声が聞こえなくなるまでずっと、ずっと。
【題:ないものねだり】
「あなたにはこの花がぴったりね」
そういって母親は4人の娘にそれぞれ花を手渡した。
庭で育てていたその花はちょうど4色あり、それぞれ娘が嫁いだり独り立ちするときに鉢植えごとプレゼントしていたのだ。
上の2人の姉はすでに嫁いでおり、長女には白色を、次女には青色の花を贈った。そのときに手紙と一言、その花の名前とともに言葉が添えられるのをみたことがある。
いつか私たちにもくれるのだと楽しみにしていた。
そして私たち双子は今日でこの家とさよならをする。
母をひとり残していくのは不安だけれど、いつかは訪れる避けられない別れだ。
双子の姉が呼ばれた。母が待つ庭に出ていく後ろ姿を見送って、お祝いに用意されたケーキを食べながら待つ。
あの花が咲きほこる庭で採れたハーブを使ってお茶を淹れ、飾りに花を浮かべれば完璧だ。母の味には敵わないけれど上手くできた。
姉が薄紅色の花を抱えて戻ってきた。
ご機嫌に笑いながら「あなたの番よ」と告げる。あんまりにも嬉しそうに笑うから私もつられて笑ってしまう。
もうすぐ私もそうなるのか、はやいものだ
戸を開けて花で溢れかえる庭に出た。
少し離れたところにある水場の近くで母が手を振りながら待っている。穏やかで静かな、余裕のある女性の表情だ。
「とうとうあなたで最後ね、寂しいわ」
握りしめていた手紙を私に差し出しながら母はいう。
少し色褪せた便箋には今は亡き父親の字で私の名前が書かれていた。まだ幼い頃に亡くしてしまったから懐かしさやらは薄くて、なんだか不思議な気分だ。
「この花はね、ロベリアっていうの」
ガーデンテーブルの上で風に揺れる花をみた。
蝶のように愛らしい形の花は、今が見頃なのか鉢いっぱいに紫色の花弁が広がっている。
一目でさっき姉が抱えていた花と同じだと気がついた。
「…あなたは賢いから言わなくてもわかるでしょ」
もし父が生きていてくれたら、姉たちが嫁がず家にいてくれたなら。そんなありもしない妄想を何度しただろう。
そうでなくても誰かが気づいてくれたらよかったのに。そうしたらこんなことにはならなかったのに。
「その鉢も、この家も、紫のロベリアでいっぱいだね」
その花言葉は誰に向けたものなのでしょうね。
【題:不条理】
キラッキラで、ピッカピカ
あのとき感じた輝く姿が今でも忘れられない。
夢にまでみた、なんて安い売り文句では足りないし。憧れは憧れのままがいい、なんてただ眺めて終わるにはあまりにももったいない。
目でみて、効果音も覚えるくらい聞いて、写真も絵もプロの作品でも自分が撮ったり描いたりしたものでも溢れる輝きの欠片はいつだって僕の中で生きている。
同じ場所に立つこと考えたことはない。
それは応援することに意味があって、自分がその中に混ざることは憧れた世界を現実で汚すことになってしまうからだ。要するに推しは推すための存在だってこと。
強要なんてしない。推し方は人それぞれだから。
どんな方法であれ、犯罪は絶対に許せないけれど、あの輝きに魅了された同士であることは間違いない。
同じものを好きになって推すこと、それだけの共通点があれば十分だ。
だから、推しの訃報が流れたとき思った。
『ああ、星が溢れてしまった』
星自体が輝きを失い、日の光すら反射させることもできないほど崩れてこの世界から溢れてしまった、と。
目の前を照らす光も、道標もなしにこれから生きていかなければいけないのだ。過去となってしまった暗い欠片に背を向けて進まなければいけない。
残酷でいて、長い目でみれば単なる優しさの一つになってしまう時の流れが恨めしい。
僕の青春時代にパッと現れて、共に枯れていくこの気持ちは誰にもわからないだろう。半身を失ったかのような空虚を背負って過去にしていくこの気持ちを。
星は溢れないで、輝いていてほしかった
【題:星が溢れる】
ピコン、ピコン、うるさい。
昔からの友人も、今の学校でできた友だちも誰も悪くない。わかってる。わかってるけどさ。
スマホの画面は複数人から送られたメッセージの通知でいっぱいだ。好きなゲームやアラーム、配信の通知が埋もれて、代わりに無機質な文字だけの「大丈夫?」が並んでる。
絵文字がなんだ、スタンプがなんだ。どれだけ飾ったところで本当に私の体調を心配している人なんていないじゃない。
私だけ弾かれたグループがあるのを知ってる。SNSでも他のアカウントを使ってまで私を除け者にしてる。
学校で流れる噂も、あのとき集まった人しか知り得ない情報も、全部ぜんぶ「友人・友だち」を騙った悪者が広めているの。
SNSはブロックした上でアカウントを消そう。
トークアプリも履歴を消してブロックするんだ。
本当はアプリごと消してしまいたいけどそんなことをしたら私の生活まで壊れてしまう。だからいらない人だけ弾いたの、私がそうされたように。
ああ、壊れていく。狂っていく。
矛盾だらけで、短絡的で、自分本位。指先一つですべてを消せる薄っぺらい関係。スマホがなかったら生まれなかった友情といっそ死んでしまいたいほどの憎悪。
嫌い、嫌い嫌い。みんな大っ嫌い。消えてしまえばいいのに。
――――――
「どうしたの、体調悪い?」
「…ううん、ちょっとボーッとしてただけ」
ねえ、私たちはいつまで友達でいられるかな。
この平穏な日常はいつまで続くのかな。
今度こそ、ちゃんとした「友達」でいようね?
【題:平穏な日常】
「月が綺麗ですね」
少しの期待を込めて言ってみた。
きっとこの言葉の意味など知らないだろうから。もし知っていたとしても返しの言葉は文字通り死んでも言わないだろう。
夜毎、あちらこちらへ転々としている人だから。この言葉も想いもなんの枷にもなりはしない。
それでも勝手に囚われてどこにも行けない私には、やっぱり捨てられない大切なものなのだ。
「月が、綺麗だな」
ほらね、予想通り。ほんのりとした期待が霧散するのなんてわかっていたことだ。
この人以上に死を恐れる人はいないでしょう。何と引き換えにしても生きることを諦めない人だもの。
「ごめんなさい、あなたのほうが綺麗ですよ」
生きることに必死になる姿はとてもとても眩しい。
何もかも投げ出して諦めた私にはとても眩しい。光に吸い寄せられる羽虫のように、私はこの人を求めて群がる女たちの一人だ。
欲望は人を輝かせる。月はただのおまけ。
でも私は、この人の月でありたい。月は一人では輝けないからずっと側にいてほしい。こんなこと言えやしないけど。
【題:月夜】