「月が綺麗ですね」
少しの期待を込めて言ってみた。
きっとこの言葉の意味など知らないだろうから。もし知っていたとしても返しの言葉は文字通り死んでも言わないだろう。
夜毎、あちらこちらへ転々としている人だから。この言葉も想いもなんの枷にもなりはしない。
それでも勝手に囚われてどこにも行けない私には、やっぱり捨てられない大切なものなのだ。
「月が、綺麗だな」
ほらね、予想通り。ほんのりとした期待が霧散するのなんてわかっていたことだ。
この人以上に死を恐れる人はいないでしょう。何と引き換えにしても生きることを諦めない人だもの。
「ごめんなさい、あなたのほうが綺麗ですよ」
生きることに必死になる姿はとてもとても眩しい。
何もかも投げ出して諦めた私にはとても眩しい。光に吸い寄せられる羽虫のように、私はこの人を求めて群がる女たちの一人だ。
欲望は人を輝かせる。月はただのおまけ。
でも私は、この人の月でありたい。月は一人では輝けないからずっと側にいてほしい。こんなこと言えやしないけど。
【題:月夜】
3/7/2024, 10:20:55 PM