シシー

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「あなたにはこの花がぴったりね」

 そういって母親は4人の娘にそれぞれ花を手渡した。
庭で育てていたその花はちょうど4色あり、それぞれ娘が嫁いだり独り立ちするときに鉢植えごとプレゼントしていたのだ。

 上の2人の姉はすでに嫁いでおり、長女には白色を、次女には青色の花を贈った。そのときに手紙と一言、その花の名前とともに言葉が添えられるのをみたことがある。
 いつか私たちにもくれるのだと楽しみにしていた。

 そして私たち双子は今日でこの家とさよならをする。
母をひとり残していくのは不安だけれど、いつかは訪れる避けられない別れだ。
 双子の姉が呼ばれた。母が待つ庭に出ていく後ろ姿を見送って、お祝いに用意されたケーキを食べながら待つ。
あの花が咲きほこる庭で採れたハーブを使ってお茶を淹れ、飾りに花を浮かべれば完璧だ。母の味には敵わないけれど上手くできた。

 姉が薄紅色の花を抱えて戻ってきた。
ご機嫌に笑いながら「あなたの番よ」と告げる。あんまりにも嬉しそうに笑うから私もつられて笑ってしまう。

 もうすぐ私もそうなるのか、はやいものだ

 戸を開けて花で溢れかえる庭に出た。
少し離れたところにある水場の近くで母が手を振りながら待っている。穏やかで静かな、余裕のある女性の表情だ。

「とうとうあなたで最後ね、寂しいわ」

 握りしめていた手紙を私に差し出しながら母はいう。
少し色褪せた便箋には今は亡き父親の字で私の名前が書かれていた。まだ幼い頃に亡くしてしまったから懐かしさやらは薄くて、なんだか不思議な気分だ。

「この花はね、ロベリアっていうの」

 ガーデンテーブルの上で風に揺れる花をみた。
蝶のように愛らしい形の花は、今が見頃なのか鉢いっぱいに紫色の花弁が広がっている。
 一目でさっき姉が抱えていた花と同じだと気がついた。

「…あなたは賢いから言わなくてもわかるでしょ」

 もし父が生きていてくれたら、姉たちが嫁がず家にいてくれたなら。そんなありもしない妄想を何度しただろう。
そうでなくても誰かが気づいてくれたらよかったのに。そうしたらこんなことにはならなかったのに。

「その鉢も、この家も、紫のロベリアでいっぱいだね」

 その花言葉は誰に向けたものなのでしょうね。



                【題:不条理】

3/18/2024, 2:47:14 PM