シシー

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3/7/2024, 10:20:55 PM

 「月が綺麗ですね」

 少しの期待を込めて言ってみた。
きっとこの言葉の意味など知らないだろうから。もし知っていたとしても返しの言葉は文字通り死んでも言わないだろう。
 夜毎、あちらこちらへ転々としている人だから。この言葉も想いもなんの枷にもなりはしない。
それでも勝手に囚われてどこにも行けない私には、やっぱり捨てられない大切なものなのだ。

 「月が、綺麗だな」

 ほらね、予想通り。ほんのりとした期待が霧散するのなんてわかっていたことだ。
この人以上に死を恐れる人はいないでしょう。何と引き換えにしても生きることを諦めない人だもの。

 「ごめんなさい、あなたのほうが綺麗ですよ」

 生きることに必死になる姿はとてもとても眩しい。
何もかも投げ出して諦めた私にはとても眩しい。光に吸い寄せられる羽虫のように、私はこの人を求めて群がる女たちの一人だ。

 欲望は人を輝かせる。月はただのおまけ。

でも私は、この人の月でありたい。月は一人では輝けないからずっと側にいてほしい。こんなこと言えやしないけど。



              【題:月夜】

3/7/2024, 8:19:14 AM

 なんてことはない、いつも通りだ。

そんなふうに自分に言い聞かせて灰色の日々を過ごしてきた。ときどき眩しく輝く人やものに出会うと少しの間私の世界は色鮮やかになる。
たったそれだけのことを楽しみに生きて、生きて、生きた。隣に同じような生き方をしてる仲間がいたからそれも励みになった、こともあった。

 いつか別れがやってくる。どれだけ似かよった部分があっても違う人間なのだからしかたのないことだ。
 でもこんなにも、天と地ほどの差が生まれるほど。私とあの子とでは何が違ったのだろうか。

 悔しいとか、妬ましいとか。周りはみんな私があの子に嫉妬しているといって指をさして笑う。真っ黒なペンキで顔を塗りつぶされた有象無象の笑い声が鬱陶しい。
私の世界がどんどん暗くなって、気がついたら薬まみれになっていた。

 でもね、あの子は違った。
昔から変わらない優しさを持ったまま、さらに輝きを増して素敵なパートナーまでみつけてる。眩しく輝く人になったあの子は私の世界を鮮やかにしてくれる。
 今日も花束をもって会いにきてくれたあの子のおかげで花の色がみえるの。
 この繋がりだけはなくしたくない、なくしたくないの。


                【題:絆】

2/27/2024, 4:24:52 AM

 太陽の方を向いて咲きほこる大輪のひまわりを3本。
シンプルにリボンで纏めただけの花束だ。飾り気は全くないが、光を浴びて輝く存在感はさすがだと思った。

 思わずカメラを構えてしまったのは、ひまわりの存在感だけが理由ではない。花束と同様、シンプルな白いワンピースをきてアクセサリーやメイクで飾らない少女が花束を抱えて立っていたからだ。
 たったそれだけ、それだけだ。
 飾りたてたモデルなら会場内にたくさんいたのに撮りたいと思ったのはその少女だけだった。目線はカメラに向くことはなく、画角の外、画面の左端をみつめて静かに立っている。

 そのときの写真は入賞して大手企業のポスターに起用されることになった。
多少加工は施されたようだがほとんど撮ったときのままポスターにされていた。そこでようやく気づいたのだが、光源や花束の向きは右側に集中しているのに対して少女は何もない左側を振り返っていた。
 視線の先には深い藍色の影があって、画像なのにゆらりゆらりと揺れているようにみえる。水面の影がゆっくりと波打ち、少しずつ満ちていくような感覚に陥る。

 そういえば、あのモデルはどこの誰だったのだろうか。

 ポスターのサンプルを眺めて考える。会場やモデルは企業側が手配していたはずなのにこのポスターのモデルのことは誰にきいても知らないといわれる。
もしかして幽霊かなにかだったのだろうか。

 不思議な君は、今、生きているの?


                【題:君は今】

2/23/2024, 8:38:36 AM

 眩しすぎて目が痛いから近寄らないで
ド正論もポジティブも私には重すぎるからやめて
そりゃ、やってればいつかはできるようになるかもしれないよ
でもそれがいつなのか私にもあなたにも分からないでしょ

 はいはい、ポジティブ発言ありがとうございます
どれだけ笑顔で言われてもきついのは変わらないの
願うだけで、言葉にするだけで、解決するなら誰も悩まないでしょ
行動できないことを指摘されてもさ、ちゃんと理由があるのにそんな顔して謝らないでよ

 悪いことしたかな
 何もしてないことが悪いことか

 ごめんね、あなたみたいになれなくてごめんね


              【題:太陽のような】

2/20/2024, 11:09:23 AM

 「えー、わかんない」

 くすくす、と意地の悪い嘲笑が続く。
もうずっと昔から、ずっとこれだ。どれだけ言葉をつくしても行動してみせても何の効果もない。
その自慢の細い脚で踏みつけたもの、腕を大きく振りかぶって投げ捨てたこと、鮮やかに彩った唇から零す言葉の汚いこと。

 私はわかってるよ。

 足元に散らばるそれらを彼女らは気にしない。そう、気にしないだけで知っている。悪いことも良いことも区別がついているのに、わからないというのだ。

 「常識外れなのはどっちだよ」

 だから今日も拾う。
世間から知らないフリをされたあの子の欠片を拾って集める。私は彼女らから身を守ることができるけど、あの子はできないから。かつての私のように苦しんでいるから。

 きっとこんなこと誰も望んでない。
 それでも心の何処かでひっそりと生きていてくれればいいな、と。自己満足を押しつけに行くのだ。
 これは同情なんかじゃないよ、私の経験から得たものなの。だからさ、ありがとうもごめんもいらない。代わりに生きてあいつらにわからせてやろうよ。
 きっとこの分厚い本とかに載ってるよ。スマホだってあるし、知識もってるだけの偉そうなやつもいる。

 「ね、大丈夫」

 これは私たちを守るもの。そうでしょ。


                【題:同情】

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