外観だけは美しいお城とその周りを囲む深い堀。朱塗りの橋を渡ると昼間でも薄暗い林道が続き、ようやく抜けたと思えば高く積まれた石垣の上だった。
誰に追いかけられるでもなく、不自然な風に煽られるわけでもなく。高いところに立ったときのふわふわとした感覚と下を覗き込むときの何かに魅入られたような気持ちだけがある。
ここから落ちたら死ぬという確信
こんなことを言ったら不謹慎だけど、心から安堵した。
どんなことにも終わりがあってそれを迎える場所があるのだとわかった。
たったそれだけのこと。それだけの夢。
【題:こんな夢を見た】
薄っぺらな画面を叩き割って会いに行く。
そこに君がいなくとも痕跡くらいはあるでしょう。
文字や音声では再現できない。
色も温度も触り心地も君と同じものなんてない。
こんな薄っぺらな画面に君はいない。
もっとずっと遠くだ。
でも少しだけ、少しだけでもその面影を追えるなら。
そんな蛮行なんてできない。
全部知っているくせにひどいよ。
君はひどい人だ。
直接会って文句を言わないと気が済まない。
会いたい、君に会いたい。
【題:君に会いたくて】
言葉だけで伝えること。
このぐちゃぐちゃな感情も、
正しいことを強制される思考も、
勝手にかわる体調も、
それらすべてを言葉だけで伝えること。
ひとつ、小さな箱を渡された。手のひらで転がる立方体。角は丸く削られて、四角いのにビー玉のように滑らかさがある。
真っ黒くて、冷たくて、とても小さい。
身体の芯からどろりとした何かが抜け出していく。小さな立方体に引きつけられて混ざっていく。
目にはみえないその様子を静かに観察していた。
古い映画を観ているような不思議な感じがするのだ。きれいではない、物珍しいものをみつけたときのワクワクと少しの恐怖とその他が複雑に絡みついたような感覚。
バチンッ
手のひらから転げ落ちたソレを踏み潰し微笑む顔がこちらをみている。叩かれた手にしびれたような痛みがまとわりついて離れない。
ソレを踏み潰した足が離れたとき、粉々に砕けたものをみつけた。もう二度と元の形には戻らないだろう。
「どうして、」
ねっとりとした微笑みだけがこちらをみていた。
【題:どうして】
苦難を乗り越え手にしたもの
歓喜に身を震わせ、言葉では表しきれぬ感情に流される
とても御しきれぬ勢いそのものこそ、ふさわしい
「気色悪い、そう思わない?」
会場が歓声に包まれ喜びに湧いているというのに、とても場違いな問い掛けだった。こちらをちらりとも見ることなく感情のない虚ろな目と横顔はとても静かだ。
周りとは不釣り合いなその姿に思わず見惚れた。
何も答えられずにいると、次の瞬間その横顔は地に打ちつけられた。横にいた男が彼女を殴り飛ばし汚く罵っている。近くにいた人の群れにへらへらと謝りながら彼女をまた殴る。ひどく醜悪な男だ。どうやら彼女の父親らしいがそれにしても雑な扱いである。美しい彼女と同じ血が通っているとは思えない。
壁に背を預け立ち尽くす彼女を置いて男は客席へと吸い込まれていった。汚らしい歓声をあげながら感情のまま振る舞う様にどうしようもない怒りと殺意が湧く。
彼女は静かだ。虚ろな目はもはや何も映していない、いや暗く染まって光すら届いていないのだ。赤く腫れ上がった頬と口の端に滲む赤色が艶っぽくとても美しい。痛々しい姿なのに、心配しているはずなのに。この気持ちさえ暗い瞳の奥に沈み込んでしまったかのようで堪らない。
他人の幸せの裏側は、こんなにも残酷で美しい。
幸せとは、彼女のような人を引き立たせるアクセサリー だ。
【題:幸せとは】
毎年この時期になると憂鬱になる。自分が生きていることを直視させられて、逃げ道などないと言わんばかりに時間だけが過ぎていく。
テレビの向こうには人混みの中で笑い合う人たちがいて、窓の外からは寒い中はしゃぎまわる子供の声が聞こえてくる。俺にもそういう時期があったのにな。無性に腹が立ってしかたない。
とっくに成人して働いているのに、未だにお年玉をもらう情けなさといったらない。臨時収入だと思ってありがたく受け取ればいいのだがそうもいかないのだ。
生まれたばかりの赤ん坊の頃から成人しておっさんと呼ばれる歳に片足をつっこみつつある現在になっても俺は『子供』でしかないのだ。
いつまで経っても俺を『俺』として認めてもらえない。
都合のいい、聞き分けのいい大きな子供という認識から抜け出せない。介護だ、親孝行だと思ってしたことはすべて『子供のお手伝い』となり、やって当たり前だと叱られたり褒められたりの繰り返し。
薄給なせいで一人暮らしもまともにできないからずっと実家にいるけれど、もう限界だ。
淹れたてのコーヒーに砂糖をいれる。カチャカチャと音を立てて混ぜてやればあっという間に溶けて白かった砂糖は跡形もなく消えた。コーヒーの香ばしい香りにわずかに甘い香りがまとわりつくようにして残るのが、なんだか今の自分のように思えて気持ち悪くなった。
ぼんやりと立ち上る湯気を眺めていたら、横から手が伸びてきてカップを奪われた。「飲まないのならもらってくね」と言葉もなく視線だけ向けられるだけ。反論も抵抗も何もしなかった、できなかった。
「…またはじまるのか」
汚らしい家族ごっこのはじまりはじまり。
【題:新年】