「わたしにはね、パチパチと弾けているようにみえるの」
寒い寒いと手を擦りあわせながら言った彼女は眩しそうに目を細めていた。
日も落ちてほとんど夜に飲み込まれてしまった暗い空にイルミネーションはよく映える。街路樹に飾られたものは美しく色を変えながら夜道を照らし、店先に置かれた安っぽいものでも一点物のオブジェのように輝いている。
何をみてもどこにあっても美しいと思えてしまうこの季節と暗さに酔っていたのだろうか。それとも彼女と並んで歩けることに浮かれていたのか。急に発せられた言葉を理解できず、足を止めた。
もっと、こう。きれいだねとか、ロマンチックだねとかそういう感想を期待していた分がっかりしたような気持ちになったのだ。
「強い光が苦手でね、イルミネーションとかそういうのはじっくりみたことなかったんだ」
「あなたのいうきれいな景色をみられないことがね、うん。ちょっと悔しいし寂しいから嫌い」
数歩先でマフラーで口元を隠す仕草をみて、なんだかどうでもよくなってしまった。苦手だと口では言っているのに目線はいつまでも『きれいな景色』を見上げていた彼女に、何も言えなくなってしまった。
「うそつき」
離れた数歩分の距離をつめて、イルミネーションを遮るように彼女の前に立った。口下手で素直でない性格はお互い様だから、もういいや。
期待通りにいくはずがない。そんなのわかっていた。それなのに許せてしまうのはきっと、惚れた弱みなんだろうな。
【題:イルミネーション】
――太陽の下で笑うあなたが憎い
言葉にしたらとても軽く感じるこの想いと長い間睨み合ってきた。
ずっと私の後ろを付いてきていただけの子が、ポンッと家から出ていったときにようやく真正面からその姿をみた。
真っ黒でドロドロとした影だとばかり思っていた。だからその顔をみることも声をきくこともひどく恐ろしかった。
だけど、どうだろう。
眩しい太陽の光を当然のように浴びて、それを自分のものだと信じて疑わない素直さを持ったまま笑っているのだ。
昔、殴り合いの喧嘩をしたときの目やいたずらがバレたときの饒舌な口も、ひたすら我慢を強いられた弱々しい身体も心も、全部なかったかのように笑ってる。
強い光を浴びるあなたと、その影に未だに囚われて逃げる努力すらしない私と。
ああ、やっぱりね。私はあなたのようになれないの。
――本当に、本当に憎くてたまらない
【題:太陽の下で】
饒舌にならなければいいと思うの
だって、酔うと何を言い出すか自分でもわからないでしょう?
【題:どうすればいいの?】
「それじゃあ、いくよー」
そーれ、と元気よく振りきった。その棒の先には粉々に砕け散った破片がきらきらと光を反射して静かに横たわっている。
「んー、足りないのか。じゃあもう一回」
そーれ、と力強く叩きつけた。一度、二度、三度四度。
きっとまた足りないと言うだろうからサービスしておいたよ。大丈夫、もう誰にもわからないよ。
「後片付けまでやらせるのか。本当にしょうがないな」
ザッカザッカ、と雑にまとめられて古い新聞紙とともに半透明の袋に入る。ああ、可哀想に。ただでさえ柔い肌が傷ついて血が滲んでしまっているじゃないか。
私がそうさせたのか、そうだね。私のせいだ。
きっかけはあなたの不手際だったけれど、欠けてしまったのは私だもの。大切に、大切にしてくれたあなたを悲しませてしまったのは私。私は役目を終えたけれどあなたはまだ終えていない。だから次を迎えるために必要なことなの。だから、そんなに泣かないで。
いつかあなたが役目を終えたとき、また一緒に過ごしましょう。言葉なんてあなたと私の間には必要ないの。
今までもそうだったように、穏やかな時間を一緒に過ごせるときを私は待っているからね。ゆっくりでいいの、ゆっくりよ。あなたが同じ悲しみを繰り返さないようにゆっくりと慎重に扱ってね。
心とは難儀なものね、少し嫉妬してしまいそうなの。
内緒よ、私はそれだけあなたのことを愛しているの。
【題:宝物】
ゆらゆら、ゆらゆら。
遠くにみえる水面から差す光に目を細める。いつも通り暗い水底でボーンと鈍い水の流れる音をただ聴いている。
もうない。なくなってしまった手で、足で、この口で。
どうしょうもなく眩しい記憶をもう一度、なんて。
本当にわかっているんだ。頭では理解しているの。
それでも諦めきれずに何度でも願っては視界を閉じ、変わらない景色の中で目覚めて落胆する。悲しいとか、寂しいとか。怒りや憎しみなんてとうに擦り切れてしまった。
思い出すのは目には見えない温かさとその心地よさだけ。
この冷たい水の中で、それだけが唯一の光なんだ。
【題:一筋の光】