シシー

Open App
8/25/2023, 1:04:40 AM

「残念なお知らせがある」

 帰宅してそうそう毎回恒例の一言愚痴を告げにきた父。
不機嫌さを隠しもしないで職場での愚痴や家庭内の愚痴を子どもに語る姿はもう見慣れたものだ。
それに対して思うところもあるが、それなりの事情というやつがあることはこの家に生まれ育った私にはよくわかる。それぞれの心境なんて思いやれる優しさなど欠片もない切羽詰まった環境での扱いなんて考えるまでもない。

 黙ったままぼんやりと父をみていると、わざとらしく大げさに溜め息をついて一言。

「お前は親ガチャに失敗したな」

 それだけ言い残して部屋を出ていく父に私は何も言えなかった。だってそれは子どもが親に向けていう言葉だ。
あと私はその言葉が大嫌いなんだ。確かにいい家庭ではないかもしれないけど、ここまで育ててくれた恩をそんな言葉で踏みにじる気など一ミリもない。

 ―ああ、やっぱり私の言葉は誰にも聞こえないのか

 やるせない気持ちなんて数え切れないほど味わってきたのに、いつまでもその苦みには慣れやしない。
私が親ガチャに失敗したのではなく、両親が子どもを産むか産まないかの選択を間違えたのだ。ガチャなんてするまでもない。そもそも産まなければ何もなかったのだ。
 自分のせいにしたいのか、親のせいにしたいのか。それすらも分からないまま私はずっと『子ども』で居続けるしかないんだね。


             【題:やるせない気持ち】

8/24/2023, 7:37:18 AM

 くすくすと笑いながら耳打ち合う姿を見かけた。

 いつもならすぐ交ざりにいくところだけど、日直の仕事のせいでそんな暇もない。大量の課題ノートを大して話したこともないクラスメイトと運びながら教室を出た。
 無言のまま早足で歩きながら考える。さっき聞こえた会話の内容がどうにも気になってしかたない。

「…夜に海にいってなにするんだろ」


 その日の晩。結局聞き出せなかった会話の内容に悶々として全く寝つけなかった。暗い部屋の中、クーラーの風で揺れるカーテンの隙間から月明かりが差し込んでなんだか水底にでもいるかのような心地になる。
 自宅から海まではそう遠くない。川沿いの一本道を通れば自転車で20分程度だ。自転車通学している私の脚ならもっとはやく着く。
もう真夜中だというのに海に行きたくて堪らなくなった。行ったところできれいな砂浜なんてない磯臭い狭い浜辺があるだけなのに、そのときはなぜかとても魅力的に感じた。

 街頭なんて1本もない道を自転車で走り抜ける。
昼間とはちがうじっとりとした夏の空気を川上から吹く風と共に切り裂きながら進む。それだけでもう最高だった。
 遠くにチラついていた明かりが近づいてきて、目を瞠った。

「遅いよ、待ちくたびれたわ」

 大量の花火を手にした友人たちがケラケラと大声で笑っている。すでに何袋か空けたあとなのか、燃え殻の入ったバケツが2つもあった。
約束なんてしてないのに、私のためにとっておいたのだといって束になった花火を手渡される。燃え殻の中にあった種類と同じものがいくつも混ざっていて本当に私を待っていてくれたのがわかった。

「だったらちゃんと誘ってよ」

 にやけた顔までは誤魔化せなくて、また笑われる。
ギャーギャーと騒ぎながらやる花火は楽しくてしかたない。またやろうねって口約束だけで嬉しくなる。

―海にきてよかった



                 【題:海へ】

8/22/2023, 1:17:51 PM

 ポンッと軽い力で押しだされた。
視界の端に映った顔はいつも通りの穏やかな笑顔だった。それにつられて笑おうとしたけど、なんでだろ、頬が引きつって笑えない。

 ガツン、ガツン、ガツッ、ガンッ

 人体からしてはいけないような音と激しく回る視界に思考が追いつかない。身体中が痛いし、鉄錆のような匂いがまとわりついてきて鬱陶しい。
こんなことよりも笑わなくては。姉さんが笑っているのだから笑わなければ。ああ、何もみえない。耳鳴りが酷くて姉さんの声が聴こえない。

「お姉ちゃんはね、あなたのことが大好きなの」

 優しい陽だまりのような匂いが微かに香った。
よく知る姉さんの香りだ。目も耳も役に立たないから確認もできない。動かしているはずの腕や足も激しい痛みで麻痺してしまって本当に動いているのかすら分からない。
 でも、あの優しい姉さんなら、側にいるはずだ。

「可愛さ余って憎さ百倍、頭のいいあなたなら分かるでしょ」

 ごめんなさい、姉さん。心優しいあなたを悲しませてしまう僕を許して。きっともう姉さんとともに生きることはできない僕を許して。

「お姉ちゃんのために死んでくれてありがとう」



                【題:裏返し】

8/21/2023, 3:06:55 PM

「お前なら飛べる」

 見えない重りをつけられているのに?

「お前は自由だ」

 そう言いながら手を離してはくれないね

「なんでお前はあの鳥のように飛ばないんだ」

 飛ばないんじゃないよ、飛べないの

「お前なんていらない」

 …そう

 わたしは初めから飛ぶことなんてできないの。
だってあなたの言うような「鳥のような」ところなんてどこにもないから。
 それに気づかなかったあなたが可哀想なんだよ。



             【題:鳥のように】

8/20/2023, 1:30:04 PM

 どうか僕のみている世界を知ってください。

 僕の目には人が恐ろしいものとして映っています。
妄想や病気といわれてしまえばそれまでですが、皆さんにも経験はあると思います。
例えば、受験や就活時に会った面接官の姿や逆らえない人に叱責されるとき。相手の顔をまともに見ることができない程の緊張や恐怖を感じませんか。
それらは一時的なものだと分かっているから堪えられますが、永遠に続くのならばどうでしょう。
 僕はそれを常に感じています。一挙手一投足だけでなく呼吸も心臓の鼓動ですら誰の指示もなく行ってはいけないと錯覚するほど、強い緊張と恐怖に縛られているのです。

 何度も説明しました。ときに身振り手振りを加えたり、絵に描いてみたり、いろんな文献から言葉を借りたりして伝える努力をしました。
 誰にも理解してもらえません。今も今までもずっと。
これからに期待することすらできなくなりました。努力の成果はすべて「狂った」の一言で切り捨てられるからです。
 もうこれ以上は無理だと思ったとき気づきました。
理解されないことで苦しみが増すのならば、理解なんて求めなければいいのだと気づいたのです。説明したあとの反応など受け取らなければいいのです。

 ここに文字にして残しはしますが、僕は誰のどんな反応も受け取りません。受け取れない場所にいくからです。
何も残さずに旅立つのは少しばかり癪なので、僕の言葉で知ってほしい部分だけを書き出しました。
 これが最後だと思うと中々うまく書けなくて嫌になりますが、もうこれ以上苦しむこともないのなら些細なことです。直接いうことはできませんのでここでお伝えします。

「さよなら」


            【題:さよならを言う前に】

Next