あなたが好きだといったから。
たったそれだけの理由で長く伸ばした髪を切って、服もメイクも流行りの色をとり入れて派手にした。
普段の私だったら絶対に使わないネイルチップやアクセサリーまで買って、つま先から髪の一筋まで全てキラキラにしたのだ。あなたはもちろん、他の人にまで驚かれたしとても褒めてもらえた。年下の子たちは似合うといってくれたけど、同年代や年上の人たちは以前のほうが好きだといった。それが少し寂しく感じた。
流行りとはすぐに移り変わっていくもの。
ようやく慣れてきた頃にはもう次の流行りがやってきてがんばって揃えたものが時代遅れのガラクタへと成り下る。
それに気づいたとき、なんだか疲れてしまって結局以前より少し派手かなくらいの格好に落ち着いた。
あなたに良くみられたいという想いもすっかり萎んでしまって、なんであんなに必死になっていたのだろうと笑えてくる。
季節もただ暑いだけの夏から、涼しさも感じられる秋に移っていく。流行りもこの想いもいつの間にか形をかえている。
隣で優しく微笑むあなたのためにがんばったのは嘘ではないの。でも形がかわればそれまでのことが全部嘘のように思えてしまうから不思議ね。
「気まぐれなのは空模様だけで十分だよ」
そうやって困ったように眉を下げながら笑うあなたが大好きで、つい困らせたくなるの。ごめんなさいね。
【題:空模様】
肩口で切り揃えた真っ黒な髪。
夜の闇を溶かし込んだような真っ黒な目。
日に焼けていない真っ白できめ細かい肌。
薄っすらと色づいた頬と唇。
似合うからと着せられたレースとフリルのついた服。
ギュッと冷たい手に握られた。自分と同じ大きさの手。
左横に顔を向ければ全く同じ顔が自分をみていた。
同じように瞬きをして、呼吸も揺れる髪の一筋までぜん ぶ同じ。
ジッと静かに見つめ合う。なんだか不思議な気分になっ て握られた手を握り返した。
「まるで鏡のようね」
どちらが言ったのか分からない。クスクスと笑いあって その様ですら全く同じでまた笑った。
そっくりなんて言葉じゃ足りないね。
【題:鏡】
私には捨てられないものが2つある。
1つは、何年経っても廃れることなく細く長く繋がったままどうにもできないでいるもの。
少し力を入れて引っ張れば簡単にちぎれてしまうものなのに、それができないでいる。
もう1つは、年月を経て育ったこの身勝手な欲望だ。
誰かに言えば嫌な顔をされてしまうし、言わなければ責められてしまうようなもの。
なんの効果も感じない錠剤と話し合いで抑えているとアピールしなければいけなくて、余計に欲張ってしまう。
「いつになったら!」とはよく言われる。
でも私にだって分からないから何も答えられずに謝ることしかできない。
私の代わりはまだいる。その間に終わらせてしまいたいと何度も何度も欲望がでしゃばる。それを必死に隠しては笑いながら黙り込むのだ。
物ならば、捨てるでも譲るでも方法はある。
でも私がもっているものは言葉や距離を設けても切り離 せないものなのだ。
だからいつまでも捨てられない。
人の心ほど厄介なものはないでしょうね。
【題:いつまでも捨てられないもの】
何の前触れもなく渡されたおもちゃの金メダル。
初めてのことに驚きすぎて言葉もでなかった。だけど嬉しかったのが顔に出ていたようで、優しく微笑みながら頭を撫でる父に抱きついた。
同じ部屋にいた妹のことなど気にもならなかった。
生温かい目で曖昧に笑う母の気持ちなんてどうでもよかった。
だって今まで上辺だけの褒め言葉だけで誰も僕のことなんて気にかけたことなかったのに、ようやく認めてもらえたのだ。喜ばずにはいられなかったんだよ。
テストや模試の結果じゃ満足してもらえないし、絵や何かの企画のコンクールで入賞しても賞状をもらっても新聞の片隅に名前がのっても言葉だけだったのに。
なんて誇らしいことなのだろう。
「あー、それ?前に私ももらったよ」
その一言さえなければあの金メダルを捨てることはなかった。きっと一生の宝にでもしていただろう。
なんとも短い夢だった。
【題:誇らしさ】
すごく暑い。暑すぎて焼け焦げてしまいそう。
髪も制服も汗でベタベタなのに、喉はカラカラで息をするだけで痛いくらい乾いてる。もう日は傾きはじめているのに、肌を刺すような鋭い日差しと熱と湿気をたっぷり含んだ風が「夏だぞ!」とうるさいくらい主張してくる。
ギコギコと思いきりペダルを踏みつけて坂を上る。
もうこの坂とも今年でお別れだ。高校を卒業したら汗だくでチャリ通学しなくてすむんだ。
せっかくの女子高生時代がこんなみっともない姿を晒すだけだなんてあってはならないのに。もっと恋愛やら友情やらで甘酸っぱい感じになると思ってたのに。
現実は無情すぎる。
下手に進学校なんて選んだせいで夏休みも冬休みもぜんぶ勉強で潰れた。学校は休み時間ですら参考書を開いて勉強することを強いられ、口を開けば叱られて白い目でみられ、成績次第で教師からの扱いがコロコロ変わるなんて聞いてない。
自分の成績をみて志望校を変更したら「人間のクズ」とまで言われるなんて聞いてない。
クラス中から飛んでくる視線が痛い、笑い声やヒソヒソ聞こえる声が怖い。
「もう、いいや」
上りきった坂の向こう側は急こう配な下り坂で、下りきった先には車通りの多い交差点がある。今日は友だちからの誘いを断って一人で先に学校を出てきた。
誰もいない歩道と赤い歩行者用の信号機。
帰宅時間のはじまりである昼と夕の境目の時間。
リコールのハガキが届いたのは昨日だったっけ。
あーあ、卒業なんて待つ必要なかったな。
ペダルから足を、ブレーキから手を、静かに離した。
体重を前にかければあとはバランスを取りながら坂を下るだけ。
暑いはずなのに、身体の芯から冷えていくような感じがした。目に映る光景はあまりにもはやく過ぎ去っていくのに冷静な頭がどこに何があるのかはっきりと認識している。
スローモーションだなんて嘘っぱちだったな。
【題:自転車に乗って】