シシー

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 すごく暑い。暑すぎて焼け焦げてしまいそう。
髪も制服も汗でベタベタなのに、喉はカラカラで息をするだけで痛いくらい乾いてる。もう日は傾きはじめているのに、肌を刺すような鋭い日差しと熱と湿気をたっぷり含んだ風が「夏だぞ!」とうるさいくらい主張してくる。

 ギコギコと思いきりペダルを踏みつけて坂を上る。
もうこの坂とも今年でお別れだ。高校を卒業したら汗だくでチャリ通学しなくてすむんだ。
 せっかくの女子高生時代がこんなみっともない姿を晒すだけだなんてあってはならないのに。もっと恋愛やら友情やらで甘酸っぱい感じになると思ってたのに。

 現実は無情すぎる。

 下手に進学校なんて選んだせいで夏休みも冬休みもぜんぶ勉強で潰れた。学校は休み時間ですら参考書を開いて勉強することを強いられ、口を開けば叱られて白い目でみられ、成績次第で教師からの扱いがコロコロ変わるなんて聞いてない。
 自分の成績をみて志望校を変更したら「人間のクズ」とまで言われるなんて聞いてない。
 クラス中から飛んでくる視線が痛い、笑い声やヒソヒソ聞こえる声が怖い。

「もう、いいや」

 上りきった坂の向こう側は急こう配な下り坂で、下りきった先には車通りの多い交差点がある。今日は友だちからの誘いを断って一人で先に学校を出てきた。

 誰もいない歩道と赤い歩行者用の信号機。
 帰宅時間のはじまりである昼と夕の境目の時間。
 リコールのハガキが届いたのは昨日だったっけ。
 あーあ、卒業なんて待つ必要なかったな。

 ペダルから足を、ブレーキから手を、静かに離した。
体重を前にかければあとはバランスを取りながら坂を下るだけ。
暑いはずなのに、身体の芯から冷えていくような感じがした。目に映る光景はあまりにもはやく過ぎ去っていくのに冷静な頭がどこに何があるのかはっきりと認識している。
 スローモーションだなんて嘘っぱちだったな。



             【題:自転車に乗って】

8/14/2023, 1:41:16 PM