シシー

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 くすくすと笑いながら耳打ち合う姿を見かけた。

 いつもならすぐ交ざりにいくところだけど、日直の仕事のせいでそんな暇もない。大量の課題ノートを大して話したこともないクラスメイトと運びながら教室を出た。
 無言のまま早足で歩きながら考える。さっき聞こえた会話の内容がどうにも気になってしかたない。

「…夜に海にいってなにするんだろ」


 その日の晩。結局聞き出せなかった会話の内容に悶々として全く寝つけなかった。暗い部屋の中、クーラーの風で揺れるカーテンの隙間から月明かりが差し込んでなんだか水底にでもいるかのような心地になる。
 自宅から海まではそう遠くない。川沿いの一本道を通れば自転車で20分程度だ。自転車通学している私の脚ならもっとはやく着く。
もう真夜中だというのに海に行きたくて堪らなくなった。行ったところできれいな砂浜なんてない磯臭い狭い浜辺があるだけなのに、そのときはなぜかとても魅力的に感じた。

 街頭なんて1本もない道を自転車で走り抜ける。
昼間とはちがうじっとりとした夏の空気を川上から吹く風と共に切り裂きながら進む。それだけでもう最高だった。
 遠くにチラついていた明かりが近づいてきて、目を瞠った。

「遅いよ、待ちくたびれたわ」

 大量の花火を手にした友人たちがケラケラと大声で笑っている。すでに何袋か空けたあとなのか、燃え殻の入ったバケツが2つもあった。
約束なんてしてないのに、私のためにとっておいたのだといって束になった花火を手渡される。燃え殻の中にあった種類と同じものがいくつも混ざっていて本当に私を待っていてくれたのがわかった。

「だったらちゃんと誘ってよ」

 にやけた顔までは誤魔化せなくて、また笑われる。
ギャーギャーと騒ぎながらやる花火は楽しくてしかたない。またやろうねって口約束だけで嬉しくなる。

―海にきてよかった



                 【題:海へ】

8/24/2023, 7:37:18 AM