麦わら帽子
夏が来ると思い出す、麦わら帽子のお姉さん。
私が六歳の頃家族で遊園地に遊びに行って、迷子になった時、助けてくれたよね。
分けてくれたポップコーン、どんなお菓子よりも美味しかった。
ありがとう、お姉さん。
私、今日からここのキャストになるよ。
今度は私が案内したいな。
また、あの麦わら帽子で遊びに来てね。
終点
しとしとと雨が降る一番線のホーム。学校帰りの学生が大勢、下り列車に乗り込んだ。
傘を手すりに掛け、一番端の席に座る。今日は座れてラッキーだ。
この電車で終点まで行けば君の最寄り駅。
ふとした瞬間にそう思ってしまう。何かにつけて君を想うんだから…、気持ち悪いって思われたらどうしよう。
君が友達と話しているの、聞こえちゃって知ったんだ。話しかける勇気もないけれど…、同じ方面に住んでるのは嬉しかったな。この電車に、君が乗ってるって思うだけで、胸がほっこりするの。
膝に乗せた鞄に、顔を埋める。
このまま終点まで寝ちゃったら、君と会えるかな…?
上手くいかなくたっていい
上手くいかなくたって、いいんだ。
称賛を集めるために、書き始めたわけじゃない。
ただ、自分の世界を作っていくことが好きで。
ただ、あなたと書き溜めた物語を、読み合うことが楽しくて。
下手くそだって構わない。好きなことで、楽しみたいだけなんだ。
だから今日も、私は私の好きな物語を綴る。
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そんな私の文章を、読んでくれてありがとうございます。
蝶よ花よ
一国の姫として、生を受けました。
優しいお父様とお母様。かっこいいお兄様に、仲良しの侍女たち。わたくしを守ってくれる人でいっぱいの宮殿で、まさに蝶よ花よと育てられました。これから先も、そうして幸せに暮らせると信じて疑わずに。
十五歳の誕生日を、少し過ぎたある日。
国王であらせられるお父様に、家族そろって呼ばれました。とても大切なお話があるのだとか。
「西の海を渡った帝国に、嫁いでくれないか」
家族が席に着くなり、わたくしに、お父様は仰ったのです。お父様はただ「帝国」と表現されましたが、そこは我が国を蔑み、憎しみ合い、幾度となく戦争を繰り返してきた国です。
「長く続いた戦争で両国共に疲弊し、和睦を結ぶことになったんだ。申し訳ない。どうか受け入れてくれ」
お父様は初めて、わたくしに頭を下げられました。
「私が不甲斐ないせいで…、すまない」
お兄様も、悲しそうに目を伏せられます。
「あなただけに辛い役目を押し付けて…。本当にごめんなさい」
お母様は、一粒の涙を流されました。
えぇ。無知なわたくしにだって分かります。帝国に一人嫁げば、わたくしを蔑み、憎む人たちでいっぱいでしょう。家族のように、わたくしを大切にしてくださる人などいないのです。
ですが、わたくしは一国の姫。
「分かりました、お父様。わたくし、帝国に嫁ぎます」
嫌だ、などと我儘を言っていい訳などないのです。
「皆様、そのようなお顔をしないでくださいませ。お嫁入りとは、幸せなことでしょう?」
涙が零れそうなのを堪え、微笑んで見せました。
蝶よ花よと育てていただいた子供時代は、これで終わりですね。
最初から決まってた
「あのね、うちの子、勉強がすごく得意でね、テストではいつも十位以内に入るくらいなのよ」
「うちの子はね、将来医者になるのよ」
「レールを敷いてる…?嫌だわ、私はあの子にいい暮らしをしてほしいだけよ」
親戚が集まると、両親の周りでは大抵このような話になる。うちの子、というのは俺のことだ。
そして、この話題の後は必ず親戚に囲まれて、真面目な顔で説教される。
「あんた、家で息苦しくないの?」
「親の敷いたレールで満足しちゃあいかんぞ。世界は広いんだ」
「最初から何もかも決まってる人生なんて、つまらないだろう」
こうなると、俺が親に言われて医者を目指しているという前提で話は続いていく。親に逆らい、医者以外の進路を選ぶ方が評価される。
ふざけるな、とよく思う。
確かに、うちの親は歪んでいて、子どもは親の飾りだと思っている。それは子どもを縛ることであり、それに苦しんでいる人がいることも分かる。
でも、俺は本当に医者になりたいんだ。
勉強だって、好きでやってる。今通っている中高一貫校だって、親が望んだところでもあるが、自分も望んだ学校だ。俺はこのまま、医者になるために突っ走って行くんだ。
最初から決まってた道が、俺の進みたい方向とぴったり合っていた。ただ、それだけなのに。