だから、一人でいたい。
「ごめん!私達、今日も用事があって掃除行けない!」
机が前に送られて後ろ半分が広くなった教室で、男女数人が私の前に並ぶ。
手を合わせて謝った子は表情がよく見えないけど、後ろの人たちは下品な笑いを噛み殺しているのが丸分かり。
嘘、下手だなぁ。
なんて思いつつも、いつもの優等生スマイルを返す。
「そう。みんな忙しいのね。掃除は私に任せて、いってらっしゃい」
「やったー!ありがとね!」
雑な感謝を捨て置いて、彼らは行ってしまった。
廊下から、あいつ馬鹿だな、とか言ってる声が聞こえるけど、嘘が気づかれていないとでも思っているのかしら。
別に、見え見えの嘘を信じたいというわけではない。
ただ、あんな人たちと一緒にいるのが、不愉快なだけ。彼らが騒いでいるのを間近で聞くくらいなら、一人で掃除でもなんでもする。一人でいたいの。
そう思ってたんだけど。
「委員長、また掃除押し付けられたの?」
不機嫌そうな声とともに、貴女が教室に来てくれた。
文句を言いつつも私を案じて、用具入れからほうきを取って手伝ってくれる。
終わったら駅まで一緒に歩いて、たまにクレープを買い食いして。また明日ね、と言ってくれる。
そんな貴女に、救われていたと気づいたのは、いつだっただろう。
※数日前の「誰かのためになるならば」の続きです
澄んだ瞳
「一緒に嵐に巻き込まれよう」
そんなこと言われたって、君を危険にさらすつもりはないよ。
雨に晒されるのも、雷に打たれるのも、転んで泥まみれになるのも、全部僕一人でいい。
君の澄んだ瞳を、曇らせたくないんだ。
分かってくれる?
…絶対、君のところに戻るから。
だから、お願い。少し、待ってて。
嵐が来ようとも
たとえ嵐が来たとしても。
雨に晒され、雷に打たれ、時々転んで。
それでも絶対君にたどり着いてみせるから。
一緒に嵐に巻き込まれよう。
神様が舞い降りてきて、こう言った
「君はよくやったよ、ソフィア」
とある日、神様が舞い降りてきてこう言った。私みたいな下っ端天使を直接迎えに来てくださることは、前代未聞事態のはずなのに、手放しで喜べない。
「でも、私はまだ、あの子を…、メアリーを幸せにできていません」
私の視線の先では、白いベッドに女の子が弱々しく横たわっている。私の役目は、この子、メアリーの人生の最後を幸せでいっぱいにして、天国へ連れて行くこと。
それなのに。
「メアリーは友達と外で遊んだこともないんです。学校にだって行けていないし、十歳の誕生日だって家族とお祝いできていません」
医者も生きて十歳までと告げ、家族も長く生きられないならとメアリーから離れていった。小さな頃からずっと病室にいるからお見舞いに来る友達もいないし、学校に足を踏み入れたことすらない。本当に、ずっと一人だった。
神様はぎゅっと唇を結ぶ私の頭を、優しく撫でてくださった。
「でもね、ソフィア。君はメアリーの夢の中で、いつも一緒に遊んでくれていたじゃないか。私も見ていたよ。とても楽しそうだった。幸せだったんじゃないかな。君も、メアリーも」
そうだった。誰もメアリーを気にかけないから、私が一緒にいたんだ。現実の世界で生者に姿を見せるほどの力は私にはないけれど、夢に入ることはできる。せめて夢の中では笑ってほしくて、いっぱいお喋りして、遊んだの。
それだけだったけど、メアリーは幸せだって思ってくれたかな…?
神様は穏やかに微笑まれた。
「メアリーの命はもうまもなく潰える。他でもない君が、上まで連れてきてあげなさい」
私の頭から手を離し、神様は空へ上っていってしまった。
私はするりとベッドの横まで降りる。病室には、相変わらずメアリーと私しかいない。だけど。
「メアリー。一人じゃないからね」
静かに命を終えようとするメアリーを、ただじっと見つめる。
神様の言葉と、夢で見せてくれた笑顔を信じながら。
誰かのためになるならば
橙色の夕日がさす教室。
いつものように、私の担当の掃除が終わって戻って来ると、学級委員長はまだほうきで床を掃いていた。
「委員長、また掃除押し付けられたの?」
がらがらと扉を開けながらそう言うと、委員長は三つ編みを揺らして、おしとやかに笑った。
「押し付けられたんじゃなくて、みんな用事があって参加出来ないだけよ」
黒縁メガネの奥の瞳は、本当に優しそうな光をたたえている。本当に用事があると思ってるのか、嫌がらせだと知りつつ受け入れているのか。私にはよく分からない。
「それ、毎日言われてるじゃん。あんな人たちが、そんなに忙しくしてると思う?」
とりあえずそう突っ込んで、教室の端の机から運び始める。
「そうねぇ。でも、用事があるって言っているのだから、私は信じたいな」
ちりとりでゴミを丁寧に集めつつ、委員長はまた上品に微笑む。
「私、掃除押し付けた日にゲーセンに入り浸ってるあいつら、よく見るけど」
どうか気づいてよ。机を一つ移動させた。
「それでもね」
委員長はまだ笑顔だ。
「私が掃除することであの人たちの気が紛れるのなら、それでいいわ」
また三つ編みを揺らし、委員長も机に手をかける。
「貴女も、私の自己満足なのに、毎日手伝ってくれてありがとう」
委員長の優しい笑顔は、何よりも眩しかった。
「なんで…」
あんな不良みたいな奴らじゃなくて、自分を大切にしてほしいのに。
誰かのために、なんて思わないでよ。