貝殻
そのへんに落ちていて、目に留まることのない貝殻。
砂浜を歩いていると、稀に踏みつける。
ジャリジャリと音を立てているのは、砂か、貝殻か、捨てられたゴミクズか。答えなんて出せないけれど、いま一度地面を踏みつける。はっと、我に返ると、日差しの熱さに気づく。半袖を着る自分の腕は、仕方がなく焼かれていた。たまに吹く温められた風のせいで、髪は、悔しそうに絡まっていた。そんなこと気にも留めないで、海は、蒼く光っていた。
私は、なんとなく微笑んだ。いつしか、生きていた貝にならって。
だから、一人でいたい。
彼に勝てた。いつも、尊敬していた、彼に。私は、彼を超えたんだ。
嬉しさが、心の底から、込み上げてくる。観客の楽しそうな顔には、沢山の感情が込めているように感じた。でも、ただ一人、彼の顔だけが、見られない。今になって、何だか申し訳なくなってしまった。そんな自分が、情けない。嬉しさを素直に面に出せず、微妙な顔をしていると、彼に、拳を突きつけられた。彼は、「喜べよ、俺に勝ったんだろうが。」と言い、涙を流しながら、不器用に笑っていた。彼の優しさか、強さか、何が私を感動させたのか、まだ私には分からなかったけれど、一生懸命に泣いた。彼は、私の手を取り、抱き寄せた。私の耳元で、彼は、「ありがとう。」と言った。
彼の背中は、まだ遠く、彼の力は計り知れない。私は、そう悟った。
澄んだ瞳
都会から少し外れた街で、赤子が一人、泣いている。
誰も、彼を助けやしない。
飢えかけた彼は、必死に泣く。
ポツポツと、雨が降ってきた。
たとえ、橋の下の河川敷で雨宿りしたとしても、
体は冷える。
だが、しだいに、彼は泣き止む。
真っ直ぐな優しい眼差しを向けられ、
人の温もりを知って。
二人の瞳は、甚く澄んでいた。
嵐が来ようとも
襲いくるような、雨が降り、飛ばされそうなほどの風が吹く。道路は川となり、車は水面を轢く。轢かれた水に、人は打たれる。その衝撃のせいで、ハンドルが思わぬ方向へ転回し、走っていた自転車が倒れる。自転車のベルがチリン、と寂しげな音を響かせる。自転車の籠は、原型を留めておらず、ハンドルの端は、コンクリートに削られている。最後に、ヘルメットは、離れたところで、地面に打たれる。
目にう映る全てが、悲惨。立ち直りかけの心は、無慈悲に粉砕される。横たわったまま、雨に打たれ、風に吹かれていると、折角着てきたポンチョも、意味をなさない。風邪ひくとか、どうだっていい。今から、濡れないように努力するほうが辛い。潔く仰向けになると、真っ黒な雲がゆっくりと動いているのが見えた。「何だか、楽になったな。」と思うと、ダムが決壊したかのように、涙が止まらない。以前のように、立ち直れない。今はただ、泣きたい。
これからは、何に私を捧げればいいのだろうか。
お祭り
お祭りに行くと、ソーダがよく売っている。私は、和太鼓の音に胸を打たれながら飲むソーダが、好き。ソーダを、ポン、と音をたててあけると、その衝撃に細かな炭酸の泡が、弾ける。ソーダを口に注ごうとすれば、中のビー玉が、カランカラン、と音を奏でる。いざ、口に入ると、柔らかい刺激が口内を独占し、甘さを和らげてくれる。私を感動させた和太鼓の音は、心を踊らせてくれている。そんななか、ソーダを一口飲み込むと、ふぅ、っと、安心しきったため息がでる。幸せが私の中で、溢れかえってしまったかのように。その後、ビー玉は、いつもの定位置に戻り、炭酸の泡が弾け、飛んでいってしまわないよう、軽く蓋をする。私がソーダを飲む間に、皆は盆踊りをして、祭りを盛り上げてくれている。そんな背景も相まって、ソーダは、より一層美味しく感じる。
こんな、一瞬の幸せが、ずっと続いて欲しい。