シナーズ・フィート
もう誰も傷つけたくないんだ
もう誰も失望させたくないんだ
僕が何かを言えば、その言葉は凶器となる
『幻想』という名の殻に閉じ籠っていたい
もう朝日が見えなくたっていいよ
永遠に冷たい夜の世界に居るから
僕にとって光明は耐え難い苦痛
僕にとって優しさは神経毒
そっとしておいて欲しいんだ
利用するだけしただろう?
奪えるもの全て奪い尽くしたろう?
何が『救い』だ、もう止めてくれ
僕の人生は、ゆっくり崩壊していく
それを望んだのは他でもない僕さ
お姫様は居なかった、神様でさえ
お願いだよ
もう僕をそっとしておいてくれ
僕はあなた方に全てを差し出したろう?
いずれ絞首台へと登るのは僕自身の足なんだ。
アンダー・ザ・シー(スーサイド)
少しずつ僕は沈んでいく
二度と浮き上がることはできない
この箱の中からは出られないんだ
でももう手遅れ
もうあの世界には戻れない
自分で決めたことだから
肺を水が満たしていく
これが苦痛で、これこそが僕
これが生きているということ
だけどもう僕は手遅れなんだ
これでいいんだよ、もう
僕の居場所はどこにもなかったんだから
やっと解放される
やっと安らげる
やっと笑える
やっと、やっと、やっと…
苦しい…僕は解放されたはずなのに
怖い…海の底は美しいはずなのに
寒い…ここは暖かいはずなのに
後悔している(もう手遅れだよ)
心の底から反省している(君がそれを望んだんだ)
助けてくれ…!(…)
誰か救いだしてくれ…!!(…)
モダン・アート
僕に言えることは何もないよ
だって主導権は君が握っているんだから
僕ができることはただひとつ
君が望むものを差し出すだけなんだ
さあ、何でも言ってごらん
君はニューヨークのハーレムに住んでる
近代美術館のショーウィンドウの展示品
そんな綺麗で芸術的な世界に飛び出したんだ
君が望むものを差し出してあげる
さあ、何でも言ってごらん
僕は現代美術が苦手なんだ
でも君が好きなら僕も好きになりたいよ
僕は雑音が嫌いなんだ
でも君が鼻をすする音は我慢するよ
僕はいつも退屈してるんだ
でも君が居てくれるならそれで満足さ
水色の三角屋根の家のバルコニーでタバコを吸う
雄大な海を眺めながら、煙を吐くのさ
乾いた潮の匂いが心を安らげてくれる
そんな日常を君は望むんだね?
だったら僕はそれを君にあげなきゃ
僕は現代美術が好きになったよ
君はもう飽きてしまったようだけど
僕は雑音に慣れた
君はもう鼻炎が治ってしまった
僕は毎日が充実してると感じる
そして、君は僕の隣に居るけど不思議じゃない
今度、僕も現代美術に挑戦してみるよ
何を描くか、あるいは造るかは決めてないけどね
ワイ・イズ・イット・ソー・ペインフル?
僕はもう行かなきゃいけない
ギターだけを抱えて、今夜出ていくんだ
君にはとても迷惑をかけたね
何かお詫びをしたいところだけど
あいにく僕にはこのギター以外に何もないんだ
コートのポケットに10ドル紙幣があったから
それで何か買ってくれ
昨晩、人生について深く考えてみたんだ
そして、これが僕の答えだよ
自分勝手なのは分かってるよ、でももう辛いんだ
君が寝ている間に、僕は行く
コソコソと抜け出していくのを許して欲しい
部屋の隣に車が迎えに来ているんだ
さようなら
僕が居なくなってもどうかお元気で。
バトルフィールド
夢とも現実とも呼べる場所。
―遠くで連発する銃声がした。
それは人が人を殺す音。
それは人が死んでいく音。
それは人が物になっていく音。
人は死んだら物になる。死体というただの肉の塊になり、それは単なる物質に他ならない。
つい先ほど、M4自動小銃で、旧ソ連製の対戦車地雷を抱えて物陰に潜むイラクの少年を、私は射殺した。そこに悪意はなかった。あるのは、合衆国への愛国心と使命感、政治的なイデオローグだけだった。パチパチと民家に火柱が立ち、夜空をほのかに照らすのは紛れもない戦火。
その場所は死が満ちていた。
しかし、司令部のモニターに表示されるのは座標だけで、そこに痛みや死は存在しない。ましてや、私は痛みすらも強靭な精神が上手にコントロールしてくれる。私は死ぬのは怖くなかった。もしも今、私がどこからか狙撃されて脳漿をぶちまけながら倒れたとしても、恐怖や後悔といった感情はない。私はある意味で死を望んでいたのかもしれない。そうすれば、私は殺戮兵器と化した自分から解放されるような気がしたからだ。
一人でも多くの敵を殺す。仲間が殺される前に、敵を殺す。例え敵が女子供でも関係ない。合衆国を脅威にさらすテロリスト集団は殺して、殺して、殺し尽くす。私はマリーンズに入ってから、そう洗脳させられた。いや、これは洗脳なんかじゃない。洗礼なのだ。私がか弱い存在からここまでの殺意に満ちた兵器と化したのは、新しく生まれ変わるためだったのだ。
私には妹がいる。大学生で名前はキャシー。素行が良く、地元のテニスクラブに所属している。彼女はまっとうな平和主義者だ。彼女は両親の遺体以外、死体を見たことがない、心もいたってクリーンな女性だ。私の手は血にまみれている。あまりにも多くの死を見てきた。しかし、涙すら出ない。私は戦場でしか居場所を見つけられなくなってしまった。
だから、戦争が終わって国に帰った今、途方に暮れている。機会があれば、またすぐにでもイラクに行きたいと思うし、もっと別の戦場でも構わない。キャシーは泣いて私を抱き締めたが、私のぽっかりと空いた穴を塞ぐことはできそうにない。