リバーサイド
そこは、まるで天界の楽園だった。
美しい庭園が無限に広がっており、春のような陽気さえ感じた。
空は神々しいまでに無数の星ぼしがきらめき、夜のように見えるのに、辺りは有り得ないほど明るい。
光のきざはしを昇ると、一本の川が流れていた。
川岸から向こうを見ると、さらに美しい世界が広がっており、何やら音楽のようなものまで聴こえてくる。
川の向こうには、たくさんの白い人が笑顔で並んで座って、楽しそうにおしゃべりしていた。
さて、どうやって向こう側へと川を渡ろうかと私は考えていると、視界はぐにゃぐにゃと歪んでいくではないか。
私は待ってくれと、手を伸ばしたが、間もなくそれらの楽園は忘却の彼方へと砂のように消えていき、目を覚ました私の目には涙が浮かんでいた。
夢なんかじゃない。なぜなら、そこら中に大量の薬の空き箱が散らばり、昨晩、私はあと一歩のところで失敗したのだから。
止めどなく涙は溢れ、私はよろめきながら、まだ記憶が鮮明なうちに、もう一度あの世界へと飛んでいくためにカミソリで何度も何度も手首を切ろうとしていた。
マンホール
部屋の壁に耳を当ててみました。
外の、雨風の音が聞こえてきます。
大理石の床に寝転んでみました。
背中に冷たくて、硬い感触がします。
私は靴を履き、扉を開けました。
あなたは傘を差し、私を待っていてくれてます。
私はあなたの傘の中に入りました。
ふたりとも、歩き出しました。
世界は死んだように暗く、不気味です。
昼なのか、夜なのかさえ分かりません。
あなたはずっと黙ったまま。
私は壊れたラジオのように、ひとりぼっちで喋り続けますが、あなたは私をたまに見るだけです。
私たちは、知らない街に来ていました。
あなたは、マンホールを開けて、傘を閉じると、その中に入ってしまいました。
私もマンホールの中に入りました。
全てが楽になりました。
地下の世界は晴れ渡っていました。
あなたは初めて笑いました。
私も笑いました。
全てが楽になりました。
暖かくて、眩しい。
セックスとは異なる快楽に溺れました。
全てが、楽になりました。
スーサイド
ここまでだ。
もう、
ここまで。
もう、
終わりだ。
もう、
手遅れだ。
もう、
おしまいだ。
本当に。
本当に。
全てが、
何もかもが、
終わってしまった。
二度と、
修復できない。
二度と、
元に戻せない。
僕を、
地獄に、
落としてくれ。
ここから、
出してくれ。
ミー
僕は、僕であることをやめたくなることがたまに、いや、多々ある。
だけど、僕は今、確実にこの世界に存在していて、複雑な器官を体内に備えた『肉体』という名の魂の乗り物として、生きている。
煙草を吸うこともできる。
車を運転することもできる。
本を読むこともできる。
選挙で投票したり、募金したり、偽善者になることもできる。
セックスだって、その気にさえなればできるんだ。
僕の身体は幸運にも五体満足。
でも、心はまるで壊れた玩具みたいだ。
僕の心は、いつも僕にこう問いかける。
『僕は誰だ? いったいどこへ向かっている?』
知らないよ、そんなこと。
分かるもんか、誰にも。
神様なら全て知っているかもしれない。
少なくとも、神に会いたいなんて微塵も思わないけどね。
僕は暗い人間なんだろう。
それをカッコいい生き方をしていると思っているのがまた子供みたいだ。
僕は僕から飛び出してしまいたい。
そして、死をも超越した何かになりたい。
宇宙からすれば、僕らはあまりにもちっぽけだ。
ゴミみたいだ。
それでもゴミは犇めき合いながら生きている。
そんな息苦しい環境から飛び出してみたくなる。
僕は、狂人なんだろう。
いつかもう一度手首を切るかもしれない。
左手首にある古傷が微かに疼く。
これが生きている呪いなんだ。
この疼きこそが僕なんだ。
僕は、自分が女であることをたまに忘れる。
ヴェルサーレ・ラクリメ
私は祈り続ける
時の神が微笑んでくれるまで
ざわめく風がライ麦畑を洗っていく
黄金色に輝く海にたたずんで啜り泣く
雨雲でさえも美しく思える
礼拝堂の庭の長椅子に腰掛けてライ麦畑を見る
私は祈る
時の流れが慈悲をもたらしてくれるまで
私の魂は虚空に向かって叫ぶ
それはどこに届くかも分からない
どこにも届かず、泡となって消えてしまうだろう
この身体が朽ちても構わない
雨は私の涙を吸収して、地に落ちていく
私は狼に恋をした
群れから外れた一匹の狼に
彼は私に子を授けた後、戦いの中で死んだ
時の神は歯車を止めてはくれなかった
貴方は勇敢に戦った
私と私たちの子のために
でも、私は啜り泣くしかない