John Doe(短編小説)

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9/17/2023, 7:22:45 AM

赤い星のクリスマスツリー


僕がコネチカットの住宅街で生まれた年、一つの超大国が15の共和国に分裂して、崩壊した。クリスマスは悲しい日だったのさ。だけど、家族のみんなはクリスマスの日、つまりキリストの誕生日に生まれた僕を『神聖な子ども』としてそれはもう素敵な名前をつけてくれたよ。

「もう共産主義は終わりだ!」とゴルバチョフが嘆いて、ソ連最高会議幹部所を立ち去ったかどうかは定かじゃない。でも、ほとんどのアメリカ人や自由主義経済の国民は「ああ、ようやく冷戦が終わったんだな」と胸を撫で下ろして、クリスマスを祝ったことだろう。

だけど、僕が10歳になった九月のことさ。コネチカットのすぐ近くのニューヨークで、二つのビルにハイジャックされた飛行機が突っ込んだ。父さんも母さんも「パールハーバーだ、世界戦争だ」とブラウン管テレビの画面の中で炎上する二つのビルを観て叫んでいた。

それから、今度はテロとの戦いの時代が始まったことは、言うまでもない。アメリカには、常に『敵』がいて、なんだかんだ常に戦争してる。それで僕はどうしたかって。大学を中退した後海兵隊に入隊してイラクへ向かった。そこでタリバンと戦ったよ。フロリダ出身のマイクとは戦友になった。彼、いいヤツだった。だけど、胸に赤い星のバッジをつけたタリバン兵士にAKライフルで射殺されてしまった。

そんなことがあって、僕はもう赤い星がトラウマになっちまった。帰国の許可が降りたので、またコネチカットの自宅に戻ったけど、戦争後遺症というヤツさ。夜中に叫んだりして家族を困らせたから、ニューヨークに独り暮らしすることになった。

ああ、そうだ。赤い星についてだけど、あれ、共産主義のシンボルなんだってさ。ニューヨークの昔ながらの住宅街はクリスマスの飾り付けで忙しそうにしてたけど、そういや僕が借りている家の近所のクリスマスツリーのてっぺんの星が赤色だったな。
なんで金や黄じゃなくて赤にしたんだろうな。ソ連崩壊を皮肉ったのかもしれないし、飾り付けたヤツがただ無神経なだけだったのかもしれない。

僕はそのクリスマスツリーが不愉快で仕方ない。

9/15/2023, 9:41:09 AM

屋上からの工場夜景


今、はっきりとわかったんだ。

僕には、目が二つもあって、それらはこの世界の色を鮮明に映し出す魔法の瞳であること。
僕には、脳ミソがあり、心があり、綺麗なことも汚ならしいことも考えることができること。

今、はっきりとした。

僕の人生を支えてくれたのは数え切れないほどの本たちじゃない。僕に生きる理由を与えてくれたのは母さんの笑顔じゃない。僕が死ななくて良かったと思えたのは大好きなあの娘との夜じゃない。

今、はっきりとわかったよ。

このビルの屋上から見える、湾岸の工場夜景。ピカピカ光って、まるでSF映画のような未来の建物みたいな幻想的な風景。
これが、この世界で生きる意味だったんだ。

生きる意味は、これだったよ。
ただ、この瞬間、この時間、この空間が、僕が生きるに値する意味だったんだ。
涙が溢れては僕の頬を濡らしていく。

ありがとう、僕の魔法の瞳。

ありがとう、僕を感動させてくれた心。

ありがとう、神様。

ありがとう、地球。

ありがとう、宇宙。

9/12/2023, 1:34:24 AM

大芸術家


僕は美術の授業が本当に嫌いだった。
美術の先生はおばさん。いかにも画家って感じの人じゃなくて、普通に近所に住んでいそうな何考えてるかよく分からない感じのおばさん。でも、先生、僕の作品を一つだって評価してくれないんだ。美術部のヤツらばかり贔屓しやがる。

別に芸術が嫌いなわけじゃないぜ。それなりに好きな画家もいたし、気に入った絵や彫刻もあった。だけどさ、美術の先生は『お題』ばかりだして技法だの何だのと言って作品を評価するんだ。描きたくないもの、作りたくないものばかりやらせるんだから、そりゃあ嫌にもなるだろ。

でさ、ある時先生が『お題は無し』と決めて、自由な絵を描いてくるよう課題を出したんだ。これだよ、これ。やっぱ芸術は自由じゃなきゃだよな。僕はかなりやる気になったよ。みんなきっと凄い絵を描いてくるに違いない。特に美術部の連中、アイツらそうとうやる気になってたな。

提出の期限は一週間後だ。それだけありゃ十分。僕はもうどんな絵を描くか決めていたんだ。
描くのは、桜の絵。近所に、それはもう見事な桜の木があったんだよ。僕は画材を持って、画用紙にその桜を迫力ある絵に仕上げていった。丸一日かけてその絵は完成した。

一週間後、絵を先生に見せるときがやってきた。美術部のヤツらもかなり凄い絵を描いてきてたけど、僕は怯まなかった。それくらい自信があったのさ。
僕は、先生に提出した。
“さあ、どうだい先生。この桜吹雪の雄大な絵は。僕がその気になりゃあこれくらいの絵を描けるんだ”
僕は心の中で勝ち誇ったように叫んだ。

「あの、なんと言うか…うん、そうね。正直に言うと気持ち悪い…かな。」

「は?」

「ごめんなさい。これは、何を…描いた絵なの? その、この蛆虫みたいなのが腐った、その…死体? みたいなのに群がっているのが気持ち悪くって」

「………」

「ちなみに、これのタイトルは?」

「…『桜吹雪』」

「え?」

「あっはははは! 桜吹雪のような腐乱死体に群がる蛆虫ですよこれは!! いやあそんなに気持ち悪かったかあ。そうですか、そうですか」

僕は目の前のババアから絵を奪い取るなり、ビリビリに引き裂いてやると床に叩きつけて踏みにじってやった。教室が静まりかえり、僕はババアを睨み付けるとズカズカと教室を出て行く。

「あれ、お前もサボり?」
廊下に男友達のジョンがいた。こいつはよく授業をサボる不良生徒だ。
「ああ、そんなところだな」
「じゃあさ、今から映画でも観に行かね?」
「そうだな。行こう。僕がおごってやるよ」
「マジ? お前今日やけに気前がいいじゃん! 愛してるぜぇ兄弟!!」

僕はジョンと肩を組むと学校を後にした。
「タバコ持ってるか?」
ジョンみたいな不良ならタバコくらい持っているだろう。
「あるけど、お前吸ったことないだろ」
「いいからよこせ」

「どうだい、うまいもんだろ?」
僕は肺に勢いよく煙を取り込んで、むせた。

9/10/2023, 3:32:57 PM

ジェンキンス家の無邪気な兄妹


朝、廊下の隅で我がジェンキンス家の愛犬のトビーが、死んでいた。
没年15歳。白と灰のシベリアンハスキー。老衰死。
トビーは僕が生まれた年にやってきた。

「大型犬にも関わらず、本当に良く長生きしたよ」と、パパは目に涙を浮かべて冷たくなったトビーを撫でた。あの滅多に涙を見せないパパが泣きそうな顔をしているのが珍しかった。

「トビーは虹の橋を渡っていったのね」と、ママは泣きながら僕より三つ年下の妹のシェリーの肩をさすって抱き寄せた。妹も泣いていた。

おじいちゃまもおばあちゃまも、みんな泣いていた。僕は、ぼんやりとトビーの亡骸を見ていた。
家族のそれぞれが最後の別れの言葉をトビーにかける。妹が「これまで、私たちと遊んでくれてありがとう、トビー」と言ったのを聞き、僕はとうとう肩を震わせて泣いてしまった。僕は「さようなら」とだけ言って、動物霊園のトラックに乗せられるまでトビーを見ていた。

昼ご飯を家族で食べた後、僕は妹を呼び出した。
「公園へ行こう」と言うと妹と僕は家を出た。
「兄さん、私…」妹が何か言いかけたから、僕はそれを制止した。「公園につくまで、こらえるんだ」とだけ言って、二人は黙って歩いた。

公園のブランコにそれぞれ座ると、とうとう僕も妹も大声で笑いだした。腹の底から思いきり笑ったせいか、他に遊んでいた子供たちが、いっせいにこっちを見てきた。それでも、僕らはお構い無しにゲラゲラヒーヒーと笑った。

涙を拭いながら、「お前、『今まで遊んでくれてありがとう…』はないだろ! もう吹き出してしまうかと思ったぞ!」
「兄さんこそ、ぼーっと突っ立って! みんなして泣いて、ほんとに面白かったもん!」
「トビーのヤツ、最後まで僕らの言い付けを守ってたなあ」
「うん! 『言うこと聞かないと殺しちゃうぞ』ってずっと言って、芸まで仕込んでやったね」
「ああ。これが軍隊なら名誉勲章ものさ!」

僕らにとってトビーは、単なるオモチャに過ぎなかった。
家族のみんなにとっては、どうだったのか知らないし、そんなのどうだってよかった。

「次のオモチャが欲しいな!」と、妹はブランコをこぎながらニッコリと空を見て言った。

9/10/2023, 6:50:43 AM

チョコミントアイス


私はアイスクリームには目がない。
おやつは毎日欠かさずアイスクリームを食べるくらい、それはもう私の身体の一部となっている。
年中アイスクリームはうまい。
ストロベリー、グレープ、コーラ、ソーダ、抹茶。
なかでも、私はチョコミントがたまらなく好き。
誰かが、「チョコミントなんて、歯磨き粉みたいな味で不味い」なんて言っていたが、私の歯磨き粉の味は漢方みたいな苦いだけの薬品みたいな味だからチョコミントアイスが美味しく食べられるのだ。

私が死んだら、墓に供えるのはチョコミントアイスにして欲しいと、心のどこかで思っている。
ああ、でもそれだと、すぐに溶けてしまって虫が集まってきてしまうんだろうな。
私は虫が本当に嫌いなんだ。

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