芋虫の魂、蝶の魂
「なにを書いてるんですか?」
女の子はそう言うと、青年の隣に座って、彼のノートを覗き込んだ。
「これかい? これは詩さ。僕はこうして日曜日の昼はこの公園のベンチで詩を書いてるんだ」
ふうん、と女の子は興味深そうに頷く。
「貴方は詩人なんですか?」
「まあ、そんなところさ」
「ちなみに、どんな詩ですか?」
青年は少し気まずそうに、神経質そうなワックスでばっちり固められたオールバックの髪を撫でると、「たいしたものじゃないよ」と苦笑した。
「教えてください」
青年は諦めたように頷くと、詩を読み始めた。
“芋虫は、蝶になるためにサナギになった。サナギの中で自分の身体をドロドロに溶かしてしまう。そして、身体を再構築して、それはそれは美しい蝶になる準備をする。でも、芋虫の魂はどこへ行ったのだろう? 蝶になった芋虫は、新しい魂を得るけど、それは果たして本当に『自分』なのか?”
「と、まあこんな感じだよ」
青年は読み終えて女の子の方を見た。
「不思議な世界観ですね。ちょっぴり感動すらしちゃいました」
女の子は目を輝かせていた。
「ありがとう。ところで、君は公園で何をして遊んでいるの?」
すると女の子は思い出したように慌てて立ち上がって言った。
「ああ! 私、お友達とかくれんぼの途中だったんだ! 鬼の私が見つけなきゃゲームが終わらない! お兄さん、どうもありがとう!」
「こちらこそ。さあ、行っておいで」
女の子は青年にお辞儀をすると、子供が隠れそうな遊具の方へ走って行った。
青年は女の子の背中をずっと見ていた。
そして、ノートを閉じると鞄にそれとペンをしまい、ベンチから立ち上がり、公園を出ていく。
しかし、青年は気がつかなかった。
公園を出た瞬間、暴走トラックが青年めがけて突っ込んでいくのを。
でも、その時の青年の頭の中はサナギの中の芋虫の魂の行方のことでいっぱいだったのだ。
おあいこ
テレビのニュースで『高校で銃乱射事件が起きた』と報道していたらしい。
でも、それはちょっと大げさ過ぎると思う。
実際、私はあの憎たらしいヒスパニックのパウラをコルトで二発撃っただけなのだから。
たった二発で銃乱射?
しかも六・三五口径のオートマチック弾。
頭に向けて撃てばそりゃ運が悪けりゃ死ぬかもしれないけど、胸と右腕を撃っただけ。
死ぬほど痛いかもしれないけど、死ぬことはない。
私が彼女を撃ったのは、彼女が私の容姿をバカにしたからだ。
メガネだの、オタクだの、そばかすの地味女だのと、とにかく私を侮辱した。
だから、ある時私は兄の拳銃コレクションからコルトを借りてジャケットのポケットに忍ばせて学校へ行った。
最初は脅すつもりで、彼女に銃口を向けた。
ところが彼女は怯えるどころか、「そんな小さな銃でしか自分を守れないだなんて、まさにアンタにお似合いだね」と笑った。
だから、私はまず、彼女の胸(心臓の近くは避けた)の辺りに一発、それから右腕に一発撃った。
教室中で悲鳴が上がり、教員も生徒も教室を飛び出して行った。
「痛い、痛い」と泣き叫ぶ彼女は無様だった。
だけど、私はスッキリしたのと同時になんとなく罪悪感も感じてきていた。
私は彼女に「死にはしない、たぶん。これでおあいこにしましょう」と言ってその場を離れた。
パトカーが来るまでの間、私は空腹を感じたので、誰かの机の上にあった可愛らしいお弁当を食べた。
そして、ひいひいと床に転んで苦しんでいる彼女の元に寄り、「食べる?」とおかずの一つを彼女の口に差し向けた。
「アンタ、イカれてるわ」
私は「アンタほどじゃないけどね」と言って、おかずを食べた。
美味しかった。しばらくはきっとこんなご馳走はありつけないだろう。
花園
僕はお前らの大切なものを壊したい
何一つ不自由のないお前らにとっての日常が
僕にとっての地獄の日々と釣り合わないなんて
そんなの不公平じゃないか
本当の地獄を見せてあげるよ
お前たちが大切に育ててきた花園を壊してやる
一つ一つ丁寧に花を踏み潰してやる
毒薬もばら蒔いてやる
火炎放射機があれば消し炭にしてやれるのに
お前らは震えながら指を咥えて見てればいい
きっと僕は正気じゃないだろう
そうさせた原因はお前らにあるんだ
耳障りな笑い声を毎日毎日聞かせやがって
こうでもしなきゃ、お前らは静かにしないんだろ
地獄へようこそ
そしてお前らも僕と同じ苦しみを受けろ
平等になれ
汚くなれ
愚かになれ
こんな花園は灰になってしまえ
土曜日の朝
ある土曜日の朝のことだ。
ケイリー・ゴートゥベッドは目を覚ました瞬間からひどい自殺衝動に襲われた。
全身が鉛のように膠着し、なかなかうまく動かせないことに気付き、「もしや金縛りでは」と考えたが意識は確実に覚醒していたし、そもそも心霊的なものを彼女はいっさい信じていなかった。
彼女の身体は、いたって健康的だった。
毎週土曜日と日曜日は朝少し早く起きた後、近所をウォーキングするのが決まりだった。
でも、その日は違った。
なんとか上体を起こし、布団をはね除けると、ベッドの隣の小さな棚の一つから大量の睡眠薬と吐き気止めのシロップを取り出す。
睡眠薬はもともと不眠症を患っていたことでちゃんと医者からもらったものだ。
『ゴートゥベッド』なんて苗字で不眠症だなんて。
と、ケイリーは苦笑したのを覚えている。
医者は彼女のジョークを全く笑わなかった。
彼女は数十にもなる睡眠薬をすべて口に含むと、シロップで一気に流し込んだ。
これですべてが終わる、と彼女は再び布団をかけて眠ろうとした。
最初の数十分間は、あれこれ「私が死んだら家族は悲しむだろうな」とか「大学のレポート、まだ提出してないや」とか考えていたが、やがて意識が朦朧としてくると、彼女は眠ってしまった。
もうどうでもよかったのだ。
彼女はただ、静かに眠っていたかっただけだから。
土曜日の朝は、誰だって遅くまで寝ていたいもの。
射撃場
僕の立つ通路に明かりが灯る
僕はイヤーマフをつけてターゲットを操作する
数々の顔のない写真のターゲット
銃をリロードして、引き金に指を添えて構える
そして引き金を引く。
音速で射出されたホローポイント弾
ターゲットに命中して、顔の部分に穴が空く
そうして再び新しいターゲットを撃つ
撃つ
撃つ
撃つ。
一つはあの娘との苦い思い出。
一つは両親との決別。
一つは僕自身の痛み。
全ての弾を撃ち尽くすまで、僕はやめない。
ああ、でも一発は残しておかなくちゃ。
んん? 最後の一発はどうするかって?
こうするんだよ。