John Doe(短編小説)

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芋虫の魂、蝶の魂


「なにを書いてるんですか?」
女の子はそう言うと、青年の隣に座って、彼のノートを覗き込んだ。
「これかい? これは詩さ。僕はこうして日曜日の昼はこの公園のベンチで詩を書いてるんだ」
ふうん、と女の子は興味深そうに頷く。
「貴方は詩人なんですか?」
「まあ、そんなところさ」
「ちなみに、どんな詩ですか?」
青年は少し気まずそうに、神経質そうなワックスでばっちり固められたオールバックの髪を撫でると、「たいしたものじゃないよ」と苦笑した。
「教えてください」
青年は諦めたように頷くと、詩を読み始めた。

“芋虫は、蝶になるためにサナギになった。サナギの中で自分の身体をドロドロに溶かしてしまう。そして、身体を再構築して、それはそれは美しい蝶になる準備をする。でも、芋虫の魂はどこへ行ったのだろう? 蝶になった芋虫は、新しい魂を得るけど、それは果たして本当に『自分』なのか?”

「と、まあこんな感じだよ」
青年は読み終えて女の子の方を見た。
「不思議な世界観ですね。ちょっぴり感動すらしちゃいました」
女の子は目を輝かせていた。
「ありがとう。ところで、君は公園で何をして遊んでいるの?」
すると女の子は思い出したように慌てて立ち上がって言った。
「ああ! 私、お友達とかくれんぼの途中だったんだ! 鬼の私が見つけなきゃゲームが終わらない! お兄さん、どうもありがとう!」
「こちらこそ。さあ、行っておいで」

女の子は青年にお辞儀をすると、子供が隠れそうな遊具の方へ走って行った。
青年は女の子の背中をずっと見ていた。
そして、ノートを閉じると鞄にそれとペンをしまい、ベンチから立ち上がり、公園を出ていく。

しかし、青年は気がつかなかった。
公園を出た瞬間、暴走トラックが青年めがけて突っ込んでいくのを。
でも、その時の青年の頭の中はサナギの中の芋虫の魂の行方のことでいっぱいだったのだ。

9/3/2023, 1:23:32 AM