アイデア
たとえばの話だ。
人生が常に幸せなものでありたいとみんながみんな思うんならだ、脳内の幸せ信号を発信する薬にどっぷり漬かってれば、きっとそれでみんな幸せさ。
世界中から争いは無くなるだろうし、他人を見下す必要も無くなるだろう。
心の闇も吹っ飛んで
「あーあ、なあんで僕は苦しんでたんだろ。世界はこんなに美しいもので溢れているのに。あはは、実に愉快だ」
なあんてことになるんだろうさ。
つまり、人間は脳の電気信号がすべてなんだな。
食欲も性欲も睡眠欲も、脳の指令に過ぎない。
至って普通の動物だね。
だけど、人間は少し賢すぎたんだなあ。
理想の社会を築くためにあまりにも多くの血が流れたし、やっと平和が実現したかと思えば政策やら窮屈な社会構造のせいで新しい苦痛が生まれる。
僕は戦争は狂ってると思うけど、格差社会のこの世ももっと狂ってると思うんだな。
人間はみんな狂ってる。
もしも、すべての苦痛を消す魔法のような薬があったら、僕なら迷わずそれを取るね。
そして意識が混濁しているなかで夢か現実かの狭間でこの世をおさらばするだろうさ。
僕は別に世の中を悲観しているわけではないよ。
ただ、生きることはすごくすごーく疲れる。
僕がたまにやる遊びを教えてあげるよ。
画用紙にヘタクソな地球の絵を描くと、それを真っ黒な油性マジックでグルグルに塗ってやるんだ。
君もやってみるといい。
何?お前はいったい何者なのかだって?
ごあいさつだな、君は。
僕は単なる君らのアイデアだよ。特別じゃない、ありふれた、誰もがふと思い付くような。
胡蝶の夢
すべての人間が目障りだった。
僕は夢の中では自分だけの帝国を築く。
そこには僕以外の人間は誰一人登場させない。
美少女を登場させたりもした。
でも、結局人形みたいな彼女に恋はしなかった。
僕はこの夢の世界が好きだ。
雲一つない青空に飛び込みたくなる。
無人の繁華街を散歩してみたくなる。
誰もいない学校の校舎。教室。廊下。グラウンド。
意味はないけど銀行強盗をしたこともある。
海辺で静かに本を読んだことも。
現実はくだらない。
どんな悪夢も、現実よりはマシだ。
神様、僕を捕まえてごらん。
この場所では僕の思うがまま。
夢から覚めるには死ねばいい。
僕のお気に入りは高層ビルから飛び降りること。
墜ちている間、穏やかな気分になる。
きっと現実ではこうもうまくはいかない。
現実の死はくだらないものだと思う。
覚えていないだけで、何度も死を経験したはず。
もしかしたら現実なんてないのかもしれない。
そんなことを考えてたら。
気がつくと見慣れた部屋、ベッドの上。
目覚ましのアラームを止める。
声
もう、何も見えないが、声だけは聞こえる。
君たちの声だ。
そんなに慌てる必要はない。
私は、きっと助からないだろう。
いいんだよ、これでいい。
今なら、ぐっすりと眠れそうなんだ。
君たちに会えてよかった。
君たちの声が聞けてよかった。
私は、幸福だ。
思えば、私は獣のような男だった。
酒。暴力。女。
本当にどうしようもない男だった。
それでも、こんな私を愛してくれた君たちが。
私のために泣いてくれている。
ありがとう。
でも、泣かないでほしい。
私はほんの少しの間、眠るだけだから。
永遠の別れではないのだから。
心地よい闇が降りてくる。
それは、少しずつ私の身体を包んで。
上昇する。
狂気
妖しい煙の中に君が抱えた野望がある
恐い呪文を唱えて大きな鏡の前に立つ
異世界の住人が静かに階段を上ってきた
君がいる部屋のドアをノックするよ
ほら、悪夢がすぐそこに来ているんだ
月が焼け落ち、紅茶の雨が降るセカイ
死神たちは滅びのラッパを奏でる
天秤に供物を乗せ、最後の審判がはじまる
アリスのようなピナフォア姿の君は
何かに祈るような素振りをするけど
魔女の使い魔の猫が君にすり寄ると
一枚のタロットカードを差し出した
薄暗いテーブルランプの上に映るそのマークは
悪魔の記号と秘密結社のコンパスだ
ここがどんな場所か、もう分かっただろ?
誰のせいでもない
これは君自身が望んだ現象さ
退屈な日常からの逃避を、そして脱却を
真っ白なキャンバスに絵の具を溢したように
君の呪いはやがて世界を燃やし尽くすだろう
そして君もここの住人と同化して
狂気の行列の中で行進を続けるんだ
君はようやく本当の自由を得る
君の理性を呪いの対価として支払うことで
さあ、行くがいい
アクエリアス
水瓶座の新時代を希求するとき。
あなたは、解き放たれる。
あらゆる苦悩から解放される。
足枷は外れ、新しい世界を自由に歩ける。
もう、誰もあなたを縛らない。
もう、何もあなたを苦しめない。
あなたは水瓶座の時代に生まれ変わる。
聖なる水流によって浄化された世界に。
水瓶座が、あなたを安らぎへといざなう。
やがてあなたは、魚になる。
すべての生物は海から生まれたように。
ヒトの魂も海へと還っていく。
水瓶座のマークを刻み、一歩を踏み出す。
そして自分が自由な魚であることを認識する。
青色の海の世界をイメージする。
ほら、見えてくるはず。
美しいマンタの姿が。
輝くサンゴの平原が。
おだやかで、静かで、時が止まった世界が。
そうすれば、あなたも、生まれ変われる。