John Doe(短編小説)

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8/19/2023, 7:19:40 PM




もう、何も見えないが、声だけは聞こえる。
君たちの声だ。
そんなに慌てる必要はない。
私は、きっと助からないだろう。
いいんだよ、これでいい。
今なら、ぐっすりと眠れそうなんだ。
君たちに会えてよかった。
君たちの声が聞けてよかった。
私は、幸福だ。

思えば、私は獣のような男だった。
酒。暴力。女。
本当にどうしようもない男だった。
それでも、こんな私を愛してくれた君たちが。
私のために泣いてくれている。
ありがとう。
でも、泣かないでほしい。
私はほんの少しの間、眠るだけだから。
永遠の別れではないのだから。

心地よい闇が降りてくる。
それは、少しずつ私の身体を包んで。
上昇する。

8/18/2023, 12:29:09 AM

狂気


妖しい煙の中に君が抱えた野望がある
恐い呪文を唱えて大きな鏡の前に立つ
異世界の住人が静かに階段を上ってきた
君がいる部屋のドアをノックするよ
ほら、悪夢がすぐそこに来ているんだ

月が焼け落ち、紅茶の雨が降るセカイ
死神たちは滅びのラッパを奏でる
天秤に供物を乗せ、最後の審判がはじまる
アリスのようなピナフォア姿の君は
何かに祈るような素振りをするけど

魔女の使い魔の猫が君にすり寄ると
一枚のタロットカードを差し出した
薄暗いテーブルランプの上に映るそのマークは
悪魔の記号と秘密結社のコンパスだ
ここがどんな場所か、もう分かっただろ?

誰のせいでもない
これは君自身が望んだ現象さ
退屈な日常からの逃避を、そして脱却を
真っ白なキャンバスに絵の具を溢したように
君の呪いはやがて世界を燃やし尽くすだろう
そして君もここの住人と同化して
狂気の行列の中で行進を続けるんだ
君はようやく本当の自由を得る
君の理性を呪いの対価として支払うことで

さあ、行くがいい

8/16/2023, 2:58:28 PM

アクエリアス


水瓶座の新時代を希求するとき。
あなたは、解き放たれる。
あらゆる苦悩から解放される。
足枷は外れ、新しい世界を自由に歩ける。
もう、誰もあなたを縛らない。
もう、何もあなたを苦しめない。
あなたは水瓶座の時代に生まれ変わる。
聖なる水流によって浄化された世界に。
水瓶座が、あなたを安らぎへといざなう。
やがてあなたは、魚になる。
すべての生物は海から生まれたように。
ヒトの魂も海へと還っていく。
水瓶座のマークを刻み、一歩を踏み出す。
そして自分が自由な魚であることを認識する。
青色の海の世界をイメージする。
ほら、見えてくるはず。
美しいマンタの姿が。
輝くサンゴの平原が。
おだやかで、静かで、時が止まった世界が。

そうすれば、あなたも、生まれ変われる。

8/13/2023, 12:03:25 PM

エリア


崩壊したビルのガラスは青空を映している
静寂の中、唯一聞こえるのは俺の足音のみ
無人の都市に俺だけが一人取り残されている
きっと世界中が廃墟と化しているんだろう
今が春なのか秋なのか分からない
俺は海図も持たずに海に出てしまった船頭だ

あれから何年が経過したか想像がつかない
お前を見失ってから、俺の世界はずっとこうだ
どこかで今もお前が生きているんじゃないかと
微かな希望を抱くことが俺の理性を保たせる
いつかこの気持ちが絶望に変わるんじゃないかと
内心は酷く不安になって恐怖している

お前さえいてくれれば、俺はそれでいいんだ
お前さえいてくれれば、世界はたちまち動き出す
どんなアクシデントもきっと乗り越えられるんだ
俺とお前の二人なら
どんなに時が流れても、お前を守り続けるよ
だから、早く戻ってきてくれ

すべてをやり直そう
俺とお前の二人で。

8/12/2023, 11:22:19 AM




工場のベルトコンベアをすべて停止する
もう、私のために彼らが働く必要はないから
「おやすみなさい、お疲れ様でした」
電源を落として、彼らに永遠の別れを告げる
間もなく巨大な工場に静寂が訪れる
唯一の明かりは非常灯だけ
でも、それももうじき消えるはず

私の身体は無数の鳥になっていく
痛みや苦しみは存在しない
あるのは、恍惚だけ
私はすべてを超越する
そしてこの大宇宙を漂い続けるんだ
後悔なんかしていない
忌々しい過去と対峙する必要もない

世界が私を受け入れてくれる
すべてが私を慰めてくれる
ベンゾジアゼピンで繋ぎ止めていた糸が切れる
私をいたぶっていた惑星が小さくなる
聞こえてくる、静謐なメロディー
神様がいる場所に近い所へ行く
酸素も二酸化炭素もない所へ

古びた私の肉体は鳥たちが啄んでいった
もう、何も怖くない
もう、何も悲しくない
もう、これ以上死ぬこともない
私は新しい世界で永遠に生きていくのだから…

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