声
もう、何も見えないが、声だけは聞こえる。
君たちの声だ。
そんなに慌てる必要はない。
私は、きっと助からないだろう。
いいんだよ、これでいい。
今なら、ぐっすりと眠れそうなんだ。
君たちに会えてよかった。
君たちの声が聞けてよかった。
私は、幸福だ。
思えば、私は獣のような男だった。
酒。暴力。女。
本当にどうしようもない男だった。
それでも、こんな私を愛してくれた君たちが。
私のために泣いてくれている。
ありがとう。
でも、泣かないでほしい。
私はほんの少しの間、眠るだけだから。
永遠の別れではないのだから。
心地よい闇が降りてくる。
それは、少しずつ私の身体を包んで。
上昇する。
狂気
妖しい煙の中に君が抱えた野望がある
恐い呪文を唱えて大きな鏡の前に立つ
異世界の住人が静かに階段を上ってきた
君がいる部屋のドアをノックするよ
ほら、悪夢がすぐそこに来ているんだ
月が焼け落ち、紅茶の雨が降るセカイ
死神たちは滅びのラッパを奏でる
天秤に供物を乗せ、最後の審判がはじまる
アリスのようなピナフォア姿の君は
何かに祈るような素振りをするけど
魔女の使い魔の猫が君にすり寄ると
一枚のタロットカードを差し出した
薄暗いテーブルランプの上に映るそのマークは
悪魔の記号と秘密結社のコンパスだ
ここがどんな場所か、もう分かっただろ?
誰のせいでもない
これは君自身が望んだ現象さ
退屈な日常からの逃避を、そして脱却を
真っ白なキャンバスに絵の具を溢したように
君の呪いはやがて世界を燃やし尽くすだろう
そして君もここの住人と同化して
狂気の行列の中で行進を続けるんだ
君はようやく本当の自由を得る
君の理性を呪いの対価として支払うことで
さあ、行くがいい
アクエリアス
水瓶座の新時代を希求するとき。
あなたは、解き放たれる。
あらゆる苦悩から解放される。
足枷は外れ、新しい世界を自由に歩ける。
もう、誰もあなたを縛らない。
もう、何もあなたを苦しめない。
あなたは水瓶座の時代に生まれ変わる。
聖なる水流によって浄化された世界に。
水瓶座が、あなたを安らぎへといざなう。
やがてあなたは、魚になる。
すべての生物は海から生まれたように。
ヒトの魂も海へと還っていく。
水瓶座のマークを刻み、一歩を踏み出す。
そして自分が自由な魚であることを認識する。
青色の海の世界をイメージする。
ほら、見えてくるはず。
美しいマンタの姿が。
輝くサンゴの平原が。
おだやかで、静かで、時が止まった世界が。
そうすれば、あなたも、生まれ変われる。
エリア
崩壊したビルのガラスは青空を映している
静寂の中、唯一聞こえるのは俺の足音のみ
無人の都市に俺だけが一人取り残されている
きっと世界中が廃墟と化しているんだろう
今が春なのか秋なのか分からない
俺は海図も持たずに海に出てしまった船頭だ
あれから何年が経過したか想像がつかない
お前を見失ってから、俺の世界はずっとこうだ
どこかで今もお前が生きているんじゃないかと
微かな希望を抱くことが俺の理性を保たせる
いつかこの気持ちが絶望に変わるんじゃないかと
内心は酷く不安になって恐怖している
お前さえいてくれれば、俺はそれでいいんだ
お前さえいてくれれば、世界はたちまち動き出す
どんなアクシデントもきっと乗り越えられるんだ
俺とお前の二人なら
どんなに時が流れても、お前を守り続けるよ
だから、早く戻ってきてくれ
すべてをやり直そう
俺とお前の二人で。
鳥
工場のベルトコンベアをすべて停止する
もう、私のために彼らが働く必要はないから
「おやすみなさい、お疲れ様でした」
電源を落として、彼らに永遠の別れを告げる
間もなく巨大な工場に静寂が訪れる
唯一の明かりは非常灯だけ
でも、それももうじき消えるはず
私の身体は無数の鳥になっていく
痛みや苦しみは存在しない
あるのは、恍惚だけ
私はすべてを超越する
そしてこの大宇宙を漂い続けるんだ
後悔なんかしていない
忌々しい過去と対峙する必要もない
世界が私を受け入れてくれる
すべてが私を慰めてくれる
ベンゾジアゼピンで繋ぎ止めていた糸が切れる
私をいたぶっていた惑星が小さくなる
聞こえてくる、静謐なメロディー
神様がいる場所に近い所へ行く
酸素も二酸化炭素もない所へ
古びた私の肉体は鳥たちが啄んでいった
もう、何も怖くない
もう、何も悲しくない
もう、これ以上死ぬこともない
私は新しい世界で永遠に生きていくのだから…