NoName14

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11/25/2024, 7:16:57 AM


あの人に、会う日が近づいて
セーターを買ったんです。

少し、女性らしくて
少し、凝ったデザインで。
華美では無いけれど
ずっと、触っていたくなるような

暖かいセーターを。

編み込んだセーターのように
私たちは、絆を紡いできたと
思っていたんです。

けれど、会える日が指折り近づく頃
ふとした会話の中で

何かが、ほつれたんです。

本当は前々から分かっていた。
放ったままにしていた。
糸くずだと思い込もうとしていた。

けれど、その糸に指を絡めると
編み込んだもの全てが、形が
なくなるのがこわかったんです。

大事なものを失うのは
誰でも嫌でしょう?
けれど、好きではなくなったものが
いつまでも近くにあるのは
もっと、辛かった。見たくなかった。

紡いだ絆のほつれを引くと
流れるようにするすると
涙と共に、形を変えました。

ほつれた糸は
時折、きらきらと
思い出を光らせました。


【お題:セーター】




11/23/2024, 12:18:12 PM


目の前に、広がる
ゴツゴツとした岩肌に
僅かに、手をかける隙間を探して

大勢の人たちが
その頂を目指して登っていくんだ。

そのてっぺんには
星よりも輝き
どんな、金貨よりも価値のある
世界で1番の宝物があるのだとか。

だけど、登った人は
誰も戻らない。

いや、本当は戻ってはきているよ
身体だけになって。

空から、落ちてくるんだ。
沢山の人たちが
何ひとつ、持たずに。

僕はこの絶壁の辺り(ほとり)で
最後に声をかける番人だ。

『本当に登るのかい?』と。

ある人は、怒ったように僕を突き飛ばし
また、ある人は如何にその宝物が
必要かを僕に伝えた。

けれど、結局はみんな登っていくんだ。

太陽が沈み、誰も訪れる人が居なくなる頃に

僕は落ちて来た彼らの側を歩き回る。
そうすると、身体は瞬く間に朽ち果て
少しの間だけ、光を放ち花を咲かす。

命が燃え尽きる光だ。

僕は番人。
ただ、問うだけの存在。
行かないでとは、決して言えない存在。


【お題:落ちていく】




11/22/2024, 2:46:49 PM


健やかなる時も病める時も。

沢山の幸せを、見送ってきた。
時には、仕事を忘れそうになる程に
涙腺が緩むような
場面に幾つも、立ち合った。

年齢やお立場は関係なく
来られるお客様は皆、幸せを
纏われている。

そんな私は、早々に結婚生活に
幕を下ろしてしまったけれど
子どもたちは、無事に巣立ちを迎え
それなりに社会人として
頑張っている。

そんな中、今日のブライダルの相談は
私の娘とその恋人なのだ。
私の仕事柄なのか『花嫁さん』に
憧れていた、小さな娘の姿が思い出される。

綺麗だねぇと、ドレスを眺めていた
大事な娘が…いま目の前に恋人と頬を
少し赤らめて座って居る。

溢れそうになる、涙を押し殺して
私は、初々しい2人に声を掛けるのだ。

『この度は、おめでとうございます』と。

そうして、最高の式になるよう
全力を尽くそう。
健やかなる時も、病める時も…
2人が末長くお互いを愛せるように。


【お題:夫婦】

11/21/2024, 10:52:26 AM

迷い道、寄り道、後戻り。

出口のないトンネル
振り向けない恐怖

開かない扉を叩き続けて
首元にかかった、鍵にすら気づかない。

どうすればいいのと、思うほどに
視野はボヤけて世界は狭まる。

迫り来る壁に挟まれたくないからと
足元から上がってくる水で
溺れたくないからと

思えば思うほどに
思考の縛りは強まるばかり。

ただ、目を閉じて
深く呼吸を整えて
もう一度、世界の広さを
見る事が出来れば

苦しみばかりでは、無いのに。


【お題:どうすればいいの?】

11/20/2024, 12:10:16 PM


父親が、私の事を宝物と死ぬまで
言っていた。
ぶたれた記憶は1度しかない。
理由は、忘れたけど…
頬はいつまでも熱く耳は高音を響かせた。

私は、抵抗しない子どもだった。
それでも、年頃になり
親が離婚後は無気力の塊で
時々、襲ってくる無我のトラウマが
私を狂わせた。

手に負えないと、思った母が
父親を呼んだ。
父が私の部屋に顔を覗かせるとすぐさま
私は、手元の目覚まし時計を
投げつけた。
時計は、壁に当たり砕けた。

ショックな顔をした父親に
『おまえのせいで、こうなってんだよ!』
と、言葉を浴びせた。

それが、私の本音か八当たりかは
わからない。
父親は、何も言うことなく
扉を閉め帰った。

それでも、母との衝突が絶えない日は
父親の家に転がり込む事もあった。
こたつで、2人寝た日の朝
下着に違和感を感じた。
嗅いだことの無い奇妙なモノが
ドロっと付着していた。

父親は、既に仕事に行っていた。
私はソレの正体をまだ知らない年齢だった。

だから、忘れた。

そして父親は、あまりにも突然に
あまりにも早くこの世を去った。
死因は不明。病死。
孤独死だったので、解剖の結果は
書き殴られたような、その一文のみだった。


宝物だと言われ続けて
宝物だったのかと思うこともある。
だけど、私の事を宝物だと
他に言ってくれる人は、もう居ない
かもしれない。


【お題:宝物】

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