小さな幸せ
僕にとっての小さな幸せは。
君と並んで歩けること。
君と手を繋げること。
君を抱き締められること。
君と向かい合わせでごはんが食べられること。
君と同じベッドで眠れること。
そして。
「……おはよ、う」
なんて。
まだ、眠そうな君のおはようを、1番に聞けること。
「おはよう」
「ん、なんで笑ってるの?」
瞼を擦りながら、不思議そうな顔をする君が可愛くて。
これが、俺の小さな幸せの、まだほんの一部。
End
春爛漫
いつもしかめっ面の彼。
せっかく席が隣同士になったんだから、そんな彼と仲良くなりたい、なんて思うのは。
「ねぇ、迷惑かな?」
「……何?それ、俺に言ってる?」
俺が席から、じっと、隣の席で本を読む彼を眺めて言えば。
本から視線だけを俺に向けた彼が、相変わらずのしかめっ面で、返してくれて。
それに気分を良くした俺は、思わず笑顔になる。
「そう、君に言ってるの。ねぇ、その本、面白くないの?」
だって、すっごく難しい顔してる。
「……面白くはないよ、興味深いだけ」
それって、どう違うんだろ?
なんて、俺の思ったことが、顔に出ていたのか。
「……別に、お前に理解してもらおうとは思ってない」
そう言って、視線を本の中へと戻してしまう彼に。
「嫌だ、俺のこと見て欲しい」
「は?」
戸惑いの声を上げた彼が、顔を俺へと向けてくる。
目を見開いた、その表情はしかめっ面ばかりの彼には珍しくて、あどけないから。
あぁ、可愛いな。
なんて、心の中で呟いていたつもりが、声に出ていたらしく。
え?と小さく声を漏らした彼の頬は、うっすら赤く染まっていて。
それは、校庭に咲く、桜の花びらを連想させる。
しかめっ面の彼の、別の一面は。
俺にとっての、春爛漫だった。
End
記憶
俺の記憶の中の君は、いつだって笑っていて。
明るくて、ちょっとだけお調子者の君。
そんな君が、楽しげに手を引いてくれるから、ちょっとだけネガティブ思考の俺でも、今まで笑って過ごせていたのに。
これが、幸せか、なんて。
俺らしくなく、浮ついた気持ちでいたのに。
「どうして、別れようなんて言うの?」
明るい君には似合わない、涙なんか流して。
「別れたいのは、お前の方だろ?」
とか、君が流れる涙を腕で拭いながら、続けて言うのに、俺は益々、混乱する。
俺が君と別れたい、だって?
そんなことある筈がない。
と、俺がすぐさま言えば。
昨日、女の子と楽しそうにしてたじゃん、なんて。
彼が泣きながら言う。
昨日?
俺が女の子と楽しげにする、なんて有り得ないんだけど。
でも、それで、思い当たるのは1つしかない。
「それ、俺の妹だよ」
そう、俺が真実を告げれば。
君の目がみるみる大きくなって、やがて、涙も引っ込んで。
「っ、それ、先に言ってくれよ!」
なんて、顔を真っ赤に染める。
あぁ、いつも笑顔で明るい君も、不安に涙する時があるんだな。
ごめんな、気が付かなくて。
俺ばっかり心配性なのかと思ってた。
自分のことで、精一杯だった、情けない俺。
こんな俺のことで、君は泣いてくれるのか。
「心配しなくても大丈夫だから」
俺が好きなのは、君だけだよ。
そう、俺が告げれば、君の真っ赤な顔はたちまち、明るくなって。
眩しい笑顔で。
「俺もお前が大好きだよ!」
あぁ、これでこそ、俺の1番記憶に残る、大好きな君だ。
End
もう二度と
『もう二度としないからっ!』
なんて、彼の口から聞いたのは、つい1ヶ月前のこと。
「もう絶対しないから!許してほしいっ!」
と、懇願するのが、現在の彼。
ワックスでおしゃれに遊ばせた茶髪の頭を下げ続ける彼に、俺はじわりと心中に広がる失望を吐き出すように、溜息を零した。
派手な恋人の幾度となく、繰り返される浮気に。
俺は、完全に失望している……筈なのに。
別れよう、もう、俺達の関係を終わりにしよう。
そんな言葉が脳裏に過ぎるのに。
「……そんな言葉、信じられないよ」
なんて、弱々しい、震えた声が出るだけで。
そうなると、彼は決まって言うのだ。
『じゃあ、信じさせてあげる』
俺にはやっぱり、お前が1番だよ、と。
涙が滲む俺の、わなわなと震える唇に、そっとキスを落とす。
そして、されるがままに抱き締められると、俺はまた、浮気性の彼を許してしまうのだった。
End
どこ?
ねぇ、君はどこに行ってしまったの?
僕と同じベッドで眠る彼が、毎晩抜け出しているみたい。
僕は寝たフリをしているんだけど。
帰ってくるのは、僕が起きる少し前、慌ただしく、ベッドに入ってくるから、そんな風にされちゃったら、目が覚めちゃうよ。
……君が出て行ってからは、不安で眠れないから、どうしたって、僕の目は覚めているんだけど。
君が帰ってくるのが少し遅い日は、玄関が慌ただしくて、僕が平静を装って、そっちに向かえば。
「腹減って起きたから、コンビニ行ってきたんだよ」
そう言って笑う君の手に下げられた、コンビニ袋の中には、パンとコーヒーが2つ。
1つは僕の分だろうから、お腹が空いたなんて言う割には、少ない気がして。
なんで、そんな嘘吐くの?
とか、そんな言葉が喉に出かかるのを、必死で押し止めて。
まだ眠いフリをして、瞼を擦る僕。
君が帰ってきてくれた安心と、いつか離れて行ってしまうんじゃないかっていう不安で、目に涙が滲みそうになるのも、ついでに誤魔化すのだった。
そんな不安な夜が続いたある日。
バイト終わりに、僕が今晩の夕飯は何が良い?なんて、メッセージを彼に送れば。
今日は外で食べよう、ここに来て。
という、メッセージと地図が送られてくるから。
いつもと違う展開に、僕の胸はざわついて。
どうかしたの?
と、震える指先に気が付かないフリをして、メッセージを打つと。
大事な話がある、とか。
あぁ、ついに、君と僕の関係に終わりがくるのかな。
……そんなの、嫌だな。
なんて、思うのに、わかったと返事をする僕。
地図にかかれたお店に向かう僕は、溢れてくる涙を堪えるのに必死だった。
でも。
お店に着いて、先に席に座っていた君から告げられたのは。
「誕生日おめでとう。これからもよろしくね」
そう、口調こそいつも通りを装う君だけど。
その声は震えているし、笑顔が固いから、それが可笑しくて、僕は思わず笑ってしまった。
君が夜な夜な出掛けていたのは、僕に誕生日プレゼントの指輪を買う為に、夜勤のバイトをしていたかららしい。
なんだ、そうだったのか。
良かった。
僕の方こそ、これからもよろしくね。
End