うどん

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4/10/2024, 1:20:17 PM

「桜、満開やで!」

明るい声で起こされた。
起きる直前に何か夢を見ていた気がするが、明るい声で全てかき消された。
まだくっつきたがっている瞼を必死にこじ開けると明るい声に違わない爛漫の笑顔が目の前にあった。

「起きた?起きたな?花見行こうや」

今日が花見日和やって、明日からは雨らしいで、人混む前にサッとでええから行こうや、

覚醒しきらない俺を他所に、着ていく服やら目覚めのコーヒーやら色々と準備してくれながら急かしてくる男に笑いが洩れる。

ちょいちょい、と手で呼ぶと「なん?」と言いながら寄ってくる。

腕を掴んでぐいっと抱き寄せると男からはほんのり桜の香りがした。

「散歩行ってきたん?」

早朝目が覚めると1人で散歩をするのが日課な男に問うと、あんまり桜が綺麗やったから途中で戻ってきてん、と返された。
日課の散歩を中断するほどの桜、いや、それを俺に見せたくて戻ってきたのか。

たまらない愛おしさが込み上げてきた。
早く準備をして行こう。


スイッチが入ったようにきびきび準備をしだした俺に笑いながら、どこのルートがあんま人おらんかなぁ、とぼやく男。

10分で身支度を済ませ、今度は2人で散歩に出た。


男が慌てて起こしにきたのも頷けるほど、河川敷の桜並木は満開だった。優しく風が吹くと桜の香りが漂ってきて、思わず深呼吸した。

土手に咲く菜の花やたんぽぽの黄色に新芽の柔らかい緑、青い空、世界は美しいな、なんて柄にもなく思う。


「起こしてくれて、散歩誘ってくれて、ありがとう」


そう言うと、男はまた爛漫の笑顔を返してくれた。



【お題:春爛漫】

4/10/2024, 2:53:19 AM

病院からたった1日で退院してきた。
数日うちでどんだけ水分摂って解熱剤飲んで寝てもあれだけ下がらなかった高熱が、たった一晩、点滴と眠剤とで集中的に寝たら、呆気ないほど簡単に下がった。

昼には退院できるとのことだったので、朝方一度仮眠に戻り、改めて昼迎えに行った。

「お大事になさってくださいね〜」という優しい看護師さんたちの声に見送られながら、前日よりはかなり良くなった顔つきで(それでもまだ足元は若干ふらついているが)歩いて車に戻る。

車に乗った瞬間、はぁ〜と男が深いため息をつく。

「大丈夫か?」と声をかければ「…おん」と小さく声がする。

必要なものは準備してあるので、そのまま真っ直ぐうちに帰る。

玄関に入り振り向き「おかえり」と声をかけると、ぱ、と顔を上げ「…ただいまぁ」と両手を広げてきたので、そのままぎゅうと抱きしめた。

「すぐ帰ってこれてよかった」と言うと「俺もそう思った」と。

「言うてほとんど寝てただけやから、あんま入院の実感ないねんけどな。目ぇ覚まして天井がうちやなかったから、一瞬戸惑ってもうた。何日経ったんやろ?とか思たら、一晩しか経ってなくてびっくりしたけど、熱下がった感覚は自分でも分かってん。……看護師さんらがお前のこと言うとったで」

「え、なんて?」

「いいお友達さんですね〜ずっと心配そうに付き添ってましたよ〜、やって」

看護師さんめ、余計なこと言わんくてええのに。

「…心配した?」

「何を当たり前な

「…俺もなぁ。誰よりも、ずっと、お前のこと愛しとるよ」



ちゃんと伝わってるならもういいか。

そう思って抱きしめる腕に力を込めた。



【お題:誰よりも、ずっと】

4/8/2024, 12:46:40 PM

同じベッドで眠らなくても、帰る家が同じじゃなくなっても、同じ場所にいなくても。

お前が生きてる時代に俺も生まれてきたってことだけで運命だと思うから。

これからも、ずっと、お前が自由に好きなように生きていく姿を俺にもみせて。

そしてこの場所に帰ってきた時は、また同じ家に帰って、同じベッドで眠ろうよ。


【お題:これからも、ずっと】

4/8/2024, 3:34:42 AM

「俺は身体が丈夫なのが取り柄やからな」

そんなことを言っていた男が今、高熱で寝込んでいる。
元より薬が効きにくい体質とは聞いていたが、解熱剤もあまり効かず体温計は40度を示している。
水分はしっかり摂っているが、ほとんどが汗となっているようで、それなのに解熱しない。

眠りに逃避できれば回復も早いだろうに、節々の痛みで眠るのもしんどいようで。

意識がしっかりしているのが安心と言えば安心だが、そのせいで節々の痛みや苦しみからも逃れられず。
見守ることしかできない自分が歯痒い。

解熱鎮痛剤が効かないとなると、やはり再度病院に連れて行った方がいい気がする。そう伝えると「そうやな、そうする」と。

いつも太陽のように明るく笑うこの男の弱々しい姿に動揺する。

病院に連れて行き、解熱剤は未だ効かないが眠剤によって深く眠る男を見て、早く治ってくれ、と月並みな言葉しか浮かばない自分に辟易する。

窓から見える沈む夕日が、男の体力に比例しているような気がしてしまい、その考えを慌てて払拭する。

新しい太陽が昇る頃には、状況がよくなっていることを強く願った。


【お題:沈む夕日】

4/6/2024, 11:38:49 AM

仕事の営業で疲れた時、つい顔を見に行ってしまう。
彼の目を見て話すだけで、彼がこちらを見て笑ってくれるだけで、それだけで疲れが取れていくような気がする。

仕事に理由をつけて、部署も違う彼のところへ通う。
自分で自分がおかしい。

「また来たんです?なんかありましたっけ?」

声色はいつも通り明るいが、目はなかなかに、こいつまた来た、という感情を露わにしながらも対応してくれる。

それが面白くてつい会いに来てしまう。

「ごめんな、ちょっと確認しておきたいことがあって」

自分にマゾっ気はあっただろうか、そんなことが頭の片隅に浮かぶが、彼と話すうちにすっかりご機嫌になってしまった。
我ながら単純だ。

「今日仕事終わりに飲みにでも行かない?」

「あー…いや、今日はちょっと…」

ご機嫌の勢いで誘ってみるも、珍しく歯切れが悪い彼に内心冷んやりしながら「彼女と約束?」と軽く聞くと「いや、ダチと」と返ってきて、自分の心があからさまにホッとしたのがわかった。


終業後、会社を出ると少し先のベンチに彼がいた。思わずまた声を掛けようとしたが、その瞬間、彼の目が輝いたように見えた。
その視線の先には、190近い身長の、えらく見目の良い男がいた。

「おつかれさん。待たせてもうた?」

「いや、俺も今終わって出てきたとこやから平気」

「ほな帰ろか」


ダチって言ってたけど、アレは完全に恋人に対する目じゃないか。
当たり前だが、自分は彼にあんな目を向けてもらったことなどカケラもない。


その場で立ちすくむ俺に、彼はもちろん気づくことなく男と歩き出す。瞬間、男が鋭い視線で一瞥してきた。


(シタゴコロもお見通しってことか…)


末恐ろしい男を相手にしてるんだな、と知らず詰めていた息を吐いた。





【お題:君の目を見つめると】

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