二十代は日々を生きることに精一杯で、先のことを考える心の余裕なんてなかった。
毎日毎日「今」を生き抜いていれば、いつの間にか1ヶ月、半年、と過ぎていき、ふと気づくと三十代になっていた。
関わってきた人たちとの関係もある程度固まってきて、昔のように色々と心の内を探り合わずとも、無理せず互いが互いの心地よい居場所になれる、身内、に出会えることができた。
その頃からだ。約束をするようになったのは。
昔は、そんな不確かなものに縋るのが怖くて、極力約束をしないようにしてきたし、そもそも約束は叶うことのないもの、という認識で生きてきた。
それが今では…
「明日はネギ抜きでエビチリ作ったるから」
「来週駅前のケーキ買いに行こ」
「来月始まる見たいて言ってた映画、行こうな」
「半年前から予約開始やから休み合わせよな」
約束に縋ってる、とかそんなネガティブなことではなく。
純粋に共に先を願うことが嬉しい。
また一年後、俺らはどんな風に変わってるんやろ。
どんな形であれ、ずっと近くにいられたらいいな、と思った。
「…来年も一緒に来ような」
【お題:一年後】
「初恋いつやった?どんな子だったか覚えてる?」
何かの話の流れでそんな話題になった。
「小学生の頃、同じクラスの女の子で、窓際でいつも静かに読書してる感じの子やったなぁ。時折本読みながらにこ、て笑顔になるんが可愛くて、ドキドキした覚えがある」
不思議と教室に入ってくる風の温度や香りまで思い出した気がする。
「へぇ〜甘酸っぱい思い出やね」
「お前は?人に答えさせるだけやなくて言えや」
「俺はなぁ。信じてくれへんかも知らんけど、お前と初めてバーで会うた時や」
「アホぬかせぇ。んなはずないやろ。あの頃お前付き合うてる相手いたやん」
「やから、あの時お前に会うた時、お前に一目惚れしてもうて、それでそれまでのは恋でも何でもなかったんやて気づいたんよ」
「ひっっどwwそんなこと言われても嬉しくありませぇん!」
軽く返しながら、じりじりと耳が熱くなってくるのを感じた。
なんやこれ、恥ずかし。本気にしてるわけやないのに、もしもそれが本当なら、なんて考えてしまいムズムズする。
「ほんとのことやから。これから信じてくれるまで色々話させてな」
あの日バーの扉を潜るようにしながら入ってきたこの男のことを、鮮明に思い出してしまった。
こちらを見て一瞬目を見開き、微笑んだ顔を。
それが俺に惚れた瞬間で?それが初恋やと?
「はっっっず」
照れる俺を見て、目の前の男はあの日みたいに笑った。
【お題:初恋の日】
「私たち(俺たち)の関係って、何?」
今までそんな風に、試すように言われることが多かった。
君が友達と思えば友達、恋人と思えば恋人なのでは?と思いつつ、自分なりにその時々に合っていると思われる答えを返すと、そのままいい友人関係が続いたり、恋人関係に昇格したり、はたまた怒って振られたり、泣かれたり。勝率は五分五分といったところか。
君と出逢って、今までの人たちが俺にそう問うてきた意味が初めて分かった気がする。
「なぁ…俺らの関係って何やろな?」
「なんやろな。友人であり恋人みたいな面もあるし、弟みたいに思う時もあるし、歳の割に落ち着いた考えしとるから兄貴に思えることもあるし…ん〜でも兄弟とは寝んしなぁ。なんやろ。敢えて言うなら夫夫とか?…言い過ぎか?」
俺にとっても友人であり、兄貴のようで弟のような、恋人のような、家族のような…
「なんで泣きそうになってるん?」
「いや、今までひどいこと沢山してきたのに、俺がこんな幸せでええんかなぁて思って」
「お前今幸せなん??よかったやん!」
本当に、君に出逢えてよかった。
やっと血の通った人間になれたんやな、と思いつつ、こんな俺に想いをくれてた人達も、今、幸せでいてくれるといいなと願った。
【お題:君と出逢って】
毎日の散歩がルーティンだが、いつも同じ時間、同じルートを歩く人(や犬)は多いらしく、いつも大体同じ場所ですれ違う飼い主(女性)とワンコ(ポメラニアン)がいる。
人懐っこいワンコで、俺を見つけると短い脚を懸命に捌き、こちらに向かってくる。その姿がなんとも言えないくらい可愛いのだ。
飼い主の方もとても感じがよく、初めは一言二言だったが、今ではしばし会話をするようになった。
(その間のワンコは無防備にこちらに腹を向け、撫でられるがままだ)
そんな話をしたら、目の前の男が急に無口になった。
「なんや、お前も犬好きやろ?」
今度一緒に散歩行かん?…そう繋げようとしていた言葉を飲み込み問うと。
「あんま優しくしたらあかんよ。勘違いされたらどうするん」
「アホ。女性は既婚者や」
「ちゃうよ!そのポメに!」
こいつは一体何の心配をしてるのか、と思いつつ耐えきれなくなって笑ってしまった。
翌日、一緒に散歩に行き、すっかりポメに魅了されデレデレ顔で撫でる男を見て(そんなほにゃけた顔晒すなや)と思ってしまったのは内緒である。
【お題:優しくしないで】
居心地の良い部屋、使いやすい家具、好みの香りの柔軟剤、触り心地のいい寝具、美味しい食事。
俺の好みに合わせて変えたのではない。
この男の好みが俺の好みだった、それだけ。
其処に在るだけでいい。
この家とその家主は、俺にとっての楽園だ。
【お題:楽園】