テーマ『フラワー』
平日のフラワーショップ。来客を知らせる鈴の音がしてドアに目を向けると、そこにはそうっと中を覗き込んでいる少年がいた。
「いらっしゃいませ」
笑顔でそう挨拶すると、少年はビクリと体を震わせてから「は、はい、こんにちは……」と答えた。そして意を決したように店内に入ると、物珍しそうに見回しながらも店員である私に近づく。
「あ、あのっ、千円でおすすめの花を、買いたいん、ですが……」
よほど緊張しているのだろう、尻すぼみになりながら話しかけてきた。
もうこの時点で私は感づいた。青春だな、と。
学校は夏休み。春なら女子高生が卒業式の贈り物に買うこともあるが、この時期はあまりない。その上、男子が少ないお小遣いを握りしめて花を買う目的といえばそう、ずばり告白だ。
「おすすめするにしても、誰に、どんな目的で贈るかによって変わってきますよ」
意地悪をするつもりはないが、そんな風に言えば少年は顔を真っ赤にしてブツブツとつぶやく。その中に可愛らしい女の子だろう名前があって、思わずニヤけそうになるのを我慢する。
このどう見ても恋愛慣れしていなさそうな少年は、きっとモテる先輩あたりに「女子への告白なら花を贈るといい」とアドバイスされたのだろう。そうでもないとフラワーショップには縁がなさそうだ。
ああでも、千円では小さな花束になってしまう。ちょっと色をつけてしまおうか。それとも、ささやかな方が案外喜ぶのかもしれない。
そんなことを考えながら、少年の話に耳を傾けた。
テーマ『新しい地図』
船長室の豪奢な机の上で、先日手に入れた新しい地図を広げる。地図が示すのは宝の在り処。つまり、宝の地図だ。
海賊にとって、宝の地図ほど心躍るものはない。偽の地図だったり、他の海賊に先を越されていることは少なくないが、それでも冒険は楽しいものだ。とはいえ、毎回それだと船員達の不満を買うし、冒険ばかりではなく港や商船を襲うこともあるが。
コンパスを使い、方角を割り出す。少し遠回りになるが、一旦西に進んだ方が海流に乗って速く進めるな。
「船長! 海軍の奴らです!」
船員の一人がドアを開けて入ってきた。もうこの入り江が見つかったのか。補給は済ませたし、長居は無用だ。
「想定より早いな。船を出そう」
地図をくるくると丸め、懐にしまう。海賊は自由を愛する。その自由を邪魔させはしない。
甲板に出て声を張り上げた。
「錨を上げろ! 出港だ!」
テーマ『好きだよ』
ガラガラ、と部室のドアを引いて先輩と私は取材から戻ってきた。西日が眩しい。
「いいネタになったな」
先輩は満足そうにメモをめくる。
新聞部の部長。校内だけに留まらず、外でも色々と首を突っ込んでは記事にしている。私もその一員ではあるが。
「これ、一歩間違ったら脅迫だって言われませんかね……」
「ははは、そのときはそのときだ。口で俺に勝てる奴なんてそうそういないぜ?」
ブラインドを下ろしながら不安を漏らせば、先輩はなぜか得意げに笑う。能天気なんだか面白がっているのか分からない態度に軽くため息をついて、自席に座る。
「まあ、ここまで来たら記事にはしますよ。メモください。先輩は山ほど撮った写真の整理をお願いします」
パソコンを立ち上げてから、「部長」と書かれた紙の置いてある席に目線を向ける。そこに座った先輩はニコニコとしながらメモを渡してきた。
「君のそういうところ、俺は好きだよ」
「はい?」
唐突に変なことを言われたので、ジト目になる。間違っても愛の告白だなんて思っていない。クラスメイトには「よく一緒にいるけど彼氏なのか」と言われるが、ただの部活の先輩と後輩である。
「なんだかんだ言いつつ、俺に付き合ってくれるところが、ね」
「……中途半端になるのが嫌なだけですよ。無駄口叩いてないで手を動かしてください。最終下校時刻までそんなに時間がないんですから」
「ハイハイ」
適当な返事を聞き流して、私はパソコンの画面に集中し始める。先輩が何かつぶやいた気がしたが、それはすでに意識の外にあった。
「……好きなんだけどなぁ」
テーマ『桜』
土手の上に、満開となった桜の木々が立ち並ぶ。優しい風に揺られて、花びらが舞う。
そして辺りには――血と鉄の臭いが立ち込める。
常ならば、花見が行われているような桜並木での戦。鬨の声と共に兵士たちが刀を、槍を振るい、ときおり大砲の音が響く。骸となった兵士が、土手の下に転がり落ちていく。
誰も桜など見ていなかった。俺も、「こんな綺麗な所で戦なんてもったいねぇ」と初めは思ったが、いざ開戦すればそんな思考は頭の隅に追いやられた。
雄叫びを上げて目の前の敵を斬る。返り血と汗に桜の花びらがまとわりつく。ああ、鬱陶しい。
敵も味方も、皆等しく血と花びらで彩られていた。そんな光景が、一周回って美しいとすら思えた。
テーマ『君と』
「君とだから、ここまで来れたと私は思うよ」
パーティー中、そう唐突に言われたものだから、僕は「へ?」と間抜けな返事をしてしまった。
「へ? って、まさか自覚がないのかい? 君に助けられたことは何度もあったというのに」
「ええと、お礼を言われてるってことでいいのかな」
確かに、たった二人で立ち上げた会社は数年で急成長し、大きな会場を貸し切ってのパーティーをできるまでになった。でも、最初に声をかけてきたのはいまや社長となった目の前の友人だし、僕は副社長という肩書きこそあれど、友人ほど革新的な事業を立ち上げたわけでもない。
「そうだとも。……ありがとう。あのとき私の話を馬鹿にせず聴いてくれて」
「馬鹿になんてするもんか。本当に面白いと思ったんだから」
確かに、最初の事業は一見すると荒唐無稽のようだったが、そこには明確な道筋が見えた。初めは苦労したが、今こうして成果を実感できている。
「嬉しいことを言ってくれるね。じゃあ、これからもよろしく頼むよ。君と私となら、どこまでも行けるさ」
そう微笑んで友人はグラスをこちらに差し出す。
「どこまでも、か……うん、そうだね。乾杯」
それに応えるように、僕は自分のグラスを合わせた。