まとー(しばらくお休み)

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4/17/2025, 11:45:25 PM

テーマ『消えた時間』(『静かな情熱』は思いつかなかったので)

父のお下がりのスーツに腕を通す。伸びっぱなしだった髪は散髪され、髭も剃り、鏡に映った自分は別人のようだった。
高校の途中から引きこもりになり、それから十年。半ば諦めていた人生だが、自分を雇ってくれた社長には感謝しかない。
引きこもっていた十年間は、ネットゲームばかりして怠惰に過ごしていた。消えた時間は、もう戻ってこない。でも、これからの時間はまだどうとでもなるのだ。……社長の言葉だけど。

玄関まで見送りにきた母は少し涙ぐんでいたが、俺は指摘しないことにした。
「いってきます」
そう言って、外に出た。

4/17/2025, 4:26:11 AM

『境界線』(『遠くの声』は時間がないので過去のストックから投稿)

法螺貝の音が鳴り響く。それに合わせて、兵士達が雄叫びを上げながら進んでいく。生と死の境界線がもっとも近くなる場所――戦場へ。

それらを遠くで聞きながら、僕は森に身を潜めていた。偵察任務。忍びである僕に課せられたそれは、派手な武功を立てる事はない。それでも、戦を勝利へ導く重要な要素だ。
木々の間を音を立てずに進み、敵陣の一つに近づく。事前の調べで、敵の策の要となるだろうと踏んでいた。

不意に飛んできた苦無を避ける。後ろの木の幹に軽い音を立てて刺さる。
飛んできた方向を向くと、同業者の男がいた。
「こんな所に何をしに来た? 困るんだよねぇ、あちこち探られちゃ」
忍びらしくない軽い口調に隠す気もない殺気。そして、周囲には先行させた部下の死体が何人か転がっている。相当な実力者なのは間違いない。
「その言葉は、「ここには見られては困るものがある」と認めている事になりますよ」
「それがどうした? ここでアンタも死ねば同じだ」
そう言って男は肉薄する。僕も手裏剣を出して応戦する。
ここもまた、生と死の境界線だ。

4/15/2025, 12:42:03 PM

テーマ『春恋』

入学式が終わって、俺は教室で自分の席に座っていた。中学からの友達とは残念ながら違うクラスになってしまったので、一人である。
「あの……その席、私のだと思うんですけど……」
どうやって暇を潰そうかと思案していたら、急に話しかけられた。顔を上げると少し困った顔をした女子がいた。メガネをかけた、ちょっと地味そうな感じの。
「え、あ、うわマジだ!?」
前を見ると、いつの間にか男子が座っている。その更に前には女子。男女交互の席順なので、俺が間違えているのは明白だった。
周りからクスクスと笑い声が聞こえて、余計に恥ずかしくなる。完全に俺の席のつもりで、荷物なんかも机に入れてしまったので慌てて出す。なんとかカバンに詰め込んで移動しようとしたところで、そのカバンが机に引っかかって大きな音を立てる。クラス中の視線が一瞬だけ集まって、耳まで赤くなるのが分かった。
「か、勝手に座ってごめん……ど、どうぞ……」
「はい……」
後ろの席に移動してから、ぐちゃぐちゃになってしまった荷物を入れ直す。入学初日から女子の席に座ってしまうなんて、恥ずかしすぎる。入学式のときより心臓がバクバクいってる気がする。
怒ってはいないだろうか、と遠慮がちに前を見ると、リボンがあった。
正面からだと見えなかったが、後ろを綺麗な赤いリボンで結んでいる。地味そうな印象とは対照的な、可愛らしいリボン。
カバンから荷物を出していたその子は、俺の視線に気づいたのかチラリとこちらを見て会釈をする。それに合わせて、リボンが揺れた。

それからというものの、俺はその子を目で追いかけていた。
多分これが、恋と言うのだろう。

4/14/2025, 10:29:27 AM

テーマ『未来図』

「これが、この国の未来図だ」
ホワイトボードにやたらと豪華な映像を映し出して、社長は満足げな表情をした。
「はぁ」
一人しかいない観覧者である私は、そんな曖昧な返事をするだけだ。
「おいおい、社員がそんな調子でどうする。もっと「社長すごい!」とか「一生ついて行きます!」とかないのか?」
「たった二人でできることとは思えないんですが……」
未来図とやらには、おとぎ話もかくやあらんな夢物語が映し出されている。すごいといえばすごいが、規模が大きすぎないだろうか。
「誰も二人だけでやるとは言ってないだろう?まずは資金と社員集めからだ。とはいえ、何の実績がないのもな……」
なんでこんな人の誘いに乗ってしまったんだろう。私は少し後悔し始めていた。
国の前に、自分の未来図が心配である。

4/13/2025, 11:34:25 AM

テーマ『ひとひら』

病室から何となく外を見ていた。いい天気だからと、看護師さんが開けてくれた窓からそよ風が吹く。
桜の花びらがひとひら、ベットの上に落ちた。
(桜、あったっけ?)
僕は窓の外へ目を凝らすが、ピンク色の花は見当たらない。それに、もう5月ではないか。
(どこから来たんだろう)
不思議に思って、そっと花びらを手に取る。時間が経ったのだろう、シワができて、お世辞にもキレイとは言えない。もしかしたら、どこか遠くからずっと風に乗ってここまで旅をしてきたのかもしれない。
旅。生まれてからずっと、体が弱く入退院を繰り返す僕には縁のない言葉だ。
「君はいいなぁ」
ポツリと漏らしてから、なんで花びらに話しかけてるんだ、と少し恥ずかしくなった。

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