日向夏

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12/26/2024, 1:30:46 PM

「花が散るころ、また来よう」
桜の上は、稲荷の君から一輪の花を受け取った。
彼はそう言い残して、桜の上のもとを去っていく。

まだか、まだかと待ち続けて月日が経った。
彼からもらった花は不思議なことに、枯れることなく、散りもしない。

ある日ふと鏡を見たとき、桜の上はとても驚いた。
白い肌にはシワができて、黒髪にはところどころ白髪が見られる。
花も恥じらうその美しさはどこへ行ってしまったのか。

「こんな姿では稲荷の君に合うことなどできない」
桜の上は悲しみのあまり、しばし局へこもってしまった。
愛しい殿御に会えない寂しさと、美しさを失った辛さ。
しかし女房に情けない姿は見せまいと、昼間は気丈にふるまった。
毎晩、女子のすすり泣く声は絶えなかったそうだが。


満月の夜、稲荷の君がおお見えになった。
満月の夜、桜の上がお隠れになった。


稲荷の君は桜の上の亡き骸に涙を流した。
彼は忘れていたのだ。人間とは時の流れが違うことを。
桜の上がお隠れになった今、やっと花は散っていく。

悲しみが尽きない彼は、まことの姿へ戻り旅に出た。
時折愛しき人を思い出して地に涙を落とす。
土からは芽がはえ、やがて桜の並木となった。
その桜は今でも多くの人々を夢うつつに惑わし、時の流れをも忘れさせてしまうとさ。


────

「桜は散ることを知りながら、咲くことを恐れない」
満月の夜、どこかの誰かさんがそんな言葉を聞いたらしい。

12/22/2024, 9:59:11 AM

ひらりひらり。
青く色づく葉が踊り、 時折眩しいほどの光が差し込む。
山には、一匹の狼が暮らしていた。
賑わう街から遠く離れたこの山は、威厳があり、 近寄りがたい場
所でもある。
寂しげな遠吠えが、山に響き渡っていた。

ある日のこと。
いつものようにふもとへと向かうと、 先客がいた。
真っ黒な羽毛をまとった鳥が、 羽を休めていたのだ。
「あなたは、誰?」
誰かと話すなんて久しぶりで、 声が裏返ったりしないように気をつけて声を出す。
「私は烏。 君は狼か」
「そう。 狼」
烏との会話はひとつひとつ短かった。
しかし、二匹は言葉を交わすことをやめようとはしないのだ。

次の日も、また次の日も、 烏はふもとへ飛んできた。
そのたび二匹は時折言葉を交わして、一緒に街を見下ろす。
「私は皆に恐れられている。 だから街へは行けないのだ」
狼の目は寂しそうに潤んだ。
「恐ろしいものか。 純白の毛も、鋭い目も、 美しいだろう」
口数の少ない烏が、 めずらしく早口で話した。
感情の昂りからか声がうわずっている。
「......ありがとう。 烏の黒い羽も、素敵だ」
「私の自慢だからな」
見せびらかすように羽を広げて、 ニコリと笑った。
鳥の笑顔を見て、 狼も少しだけ、 微笑んだ。

狼の遠吠えと、鳥の鳴き声が、 静かな山に響き渡った。
『「大空」からの贈り物』

11/29/2024, 10:00:03 AM

このひと時が止まってほしくない
落ちないで、終わらせないで
どうか、この一瞬を
もう一度のないこの時を、続けさせて

「終わらせないで」

11/24/2024, 9:22:10 AM

持ってはならない、同じ人間が二度触ってはいけない、落としてはいけない
コートに立てるのは六人
このボールを繋げなければいけない
私は落ちていくボールに手を伸ばす