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3/9/2025, 9:58:13 AM

後日投稿します

3/6/2025, 9:57:52 AM

 空を見上げると、星がくすみ、夜空が明るむほど、光り輝く満月が顔を出していた。この日はとびきり、月が大きくて輝かしい夜だった。

 街灯なんていらないくらい、道を明るく照らしている。けれどその分、影は一層濃さを増して、いつもより不気味に感じる。建物の奥はもっと暗くて、幽霊でも出てきそうだ。

 暗闇に浮かぶ人魂や、ぬっと飛び出してくる青白い手。例えば、そのビルの隙間から……。建物の影に恐る恐る視線を移すと、ギラリ、二つの黄色い光がこちらを凝視した。

「本当にオバケが!?」

 恐ろしくなって後退りすると、光も同じように、のろりのろりと近づいてくる。もう一歩退くと、背中に冷たいものを感じて振り返る。閉まりきったシャッターにサーッと顔が青くなっていくのがわかった。

(あっ、終わったんだ)

 冥界へ向かう準備はできました。どうぞ、連れてってください。そう言わんばかりに「無」の状態をつくり、両手を合わせる。抵抗しない方が、痛くない。多分。そうして、ゆっくり数えて十秒ほど経ったのだが、なかなかお迎えが来ない。

 変に思って片目ずつ瞼を上げてみると、深い影より真っ黒な生き物がちょこん、と腰を下ろしていた。ニャ〜。可愛らしい鳴き声まで。

「ね、猫?」

 なんだ、ただの猫様か。さっきまでの「無」が遠い彼方に飛んでいった。それよりうるうるな瞳で見つめてくる猫を拝めるが先だ。ジリジリ寄ってみるがこの猫、逃げない。

(触れさせていただいても、いいってコト……!?)

 驚かせないように、ゆっくり手を伸ばすと、猫はツンとした顔で腰を持ち上げてスルリ魔の手から逃れていく。どうやら、触ってもいいということではなかったらしい。

 しかし猫は建物の影に差し掛かる辺りで、こちらを黄金色の瞳で見つめながら愛らしい鳴き声を聞かせた。尻尾がうねる。まるで「着いてこい」とでも言うように。

「着いてきて、ほしい、のかな?」

 今度は追いかける方に回った。満月の夜の下、猫に着いていくって、なんだか不思議なことが起こりそうだ。淡い期待を胸に抱きながら、黒猫の後を追う。

 建物の奥、左に曲がり、右に曲がり。何度か繰り返した後、ずーっと真っ直ぐ進んでいく。そろそろ引き返そう、と思っていたところに、仄明かりが向こうを照らす。

 丁度、光と影の間にいた猫はこちらを一瞥した後、吸い込まれるようにして光の方へ歩いて行った。自分だけ影にいるのがなんだか怖くなって、境を超えて、向こう側へ渡る。


 鋭い一閃が前を通り過ぎた。勢いで目を瞑り、瞼の外の激しい光が消えるのを確かめてから目を開く。キョロキョロ周りを見渡してみるけれど、猫の姿はもうどこにもなかった。

「誰……?」

 代わりにあったのは、見慣れない森林と、満天の星空。そして、夜を映したようなローブで身を隠し、銀色の髪を揺らす、猫のような女だった。

──ああ、今日は頭の中が疑問符でいっぱいだ。




(遅れてすみませんでした。お待たせしました)

2/27/2025, 9:55:43 AM

そよ風に乗ってやってくる小鳥の囀りに紛れて、紙の上でペン先を滑らせる音がする。ペンは紙という舞台で、ワルツを踊っていた。
お相手は真っ白でしなやかな指。
「今日はどんな物語が見れるだろうね」
古くからの友人に語りかけるような呟きは、静寂を貫く空間の中へ消えていった。


アリスの気分は最悪だった。
折角の休日なのに、都までおつかいに行かなければならないなんて。いつもより重く感じる足を引きずりながら、都路を進んだ。

「これでおつかい完了っと。せっかく都に来たのになあ」
おつかいに来ただけで、他は何もしていない。
都というのは流行が行き交う場所だ。
都からの帰路でふと懐かしい記憶が蘇る。
退屈でたまらなくなったら、おばあちゃんのところへよく遊びに行った。こういうとき、おばあちゃんは決まって言った。
楽しいことを考えると、きっと楽しいことが訪れるし、悲しいことを考えると、きっと悲しいことが訪れる。
「今は面白いことに出会いたい気分だな」
そうと決まったアリスの行動は早い。
辺りを見渡しては普段と変わらない風景を自分の頭の中で非日常へと上書きしていく。波打つ道、歌う花、風のかけっこ。
意外にもこれが楽しくて妄想に夢中になってるうち、アリスはズンズン道を進んでいった。
気づいたときにはもう遅く、そこは知らない場所。
「ここどこ? もしかして迷子になっちゃった?」
もしかしなくてもそうだ。
店はズラリ、並んでいるけれど、賑やかさはなくて。
静かな通りに、風が吹き抜けていくのをアリスはただただ感じていた。
「今日はこの通りの店一体、休みです」
静寂を、ひとつの声が遮る。
澄んだ声、とはこのことだろうか。
アリスはひそかにそう思った。ゆっくりと、頭を回すと背中から右足までが一緒になって動く。
目の先にいた人は、フクロウのようにじっとこちらを見つめている。背丈が高く、スラリと長い足。
立てた襟が脇の方へ流れる服は遠い東の国を思わせた。
「あ、あの、私、面白いことないかなって考えてたら、こんなところへ来ちゃって」
波打つ道とか、歌う花とか。
アリスがそう付け加えると、その人は笑うことも怪訝に思うこともなく、「ああ」と頷く。
「心が導いてくれたんですね」
「心?」
「ええ。心と体は繋がっていますから」
休息にでも、どうぞ。
そう指差すのは、魔女の帽子のようなとんがった屋根のくせして、建物自体は小さな店。
スタスタと歩いていくので、アリスもそれに続いて店に足を踏み入れた。
壁際に本が並び、それ自体が柄のよう。
外から見るより、店内は広く思える。ただ不思議なことといえばそれくらいで、質朴としたつくりだ。
「どうぞ」
いつの間に。透明のカップの底に玉のようなものが沈んで、その上から熱湯が注がれている。
珍妙な飲み物にアリスが顔を引き攣らせていると、それを察してフクロウの人はカップを指差す。
「これはジャスミン茶です。花茶の一種で、茶葉が開く様を見て楽しむのですよ」
面白いでしょう? と問われれる。確かに面白い。
もしかするとこの人は「面白いこと」を見せるために、わざわざ用意してくれたのかもしれない。
そう思うと胸の辺りがポカポカ暖かくなる。
「ええと、フクロウさんはどんな仕事を?」
心の扉が開いて思わず口にした言葉にアリスはハッと顔を青くさせた。
自分の中で勝手につけたニックネームを言ってしまうのは、アリスの悪い癖だ。
不快に感じただろうか、と顔を上げるとフクロウさんは眉のひとつも動いていなかった。
「フクロウ。いいですね。素敵な愛称をいただきました」
心なしか顔が綻んだような気がする。フクロウさんは続けた。
「申し遅れました。私、記録者をしている者です」
これまた珍妙な仕事にアリスの頭上にはハテナマークがずっしり。
フクロウさん基記録者は一度席を立ち、カウンターから一冊の本を持ってきた。
それを渡され、ペラペラと捲ってみるがどのページもまっさら。
「この白紙の本に歴史を記すのが私の仕事です」
歴史というスケールの大きさにアリスは目を丸くした。
この人、そんなにすごい人だったのか。
「歴史といってもそんなに大きなものでなくていいんですよ。一日の何気ない出来事や、恋人たちの物語、ときには過ちを犯した者の懺悔を書き記すことも」
あなたの物語も、ぜひお聞きしたい。
これは記録者の欲望だろうか。
ひしひしと伝わってくる高揚感にアリスはNOと言えるはずもなく、差し出された手に自身の手を乗せた。

最初は何気ない話から始まった。
今日は母に頼まれて都までおつかいへ来たこと。
花茶を口に含んで、スッキリした後味を感じながら。
記録者は時折相槌を打って、熱心にペンを滑らす。
自分の趣味や、普段の学校生活、今はハマっているもの、流行っているもの。
アリスもだんだんと調子が乗ってきて、頭で考えていることが先回りして、口が追いつかないほどほど夢中になっていた。
「このくらいにしておきましょうか」
チラリ、記録者が窓の外を見た。空は朱色に色づきチラホラ人の影が見え始める。
「今日は祭りがあったんです。私は不参加でしたけど」
ああ、このことも書いておかないと。
呑気に独り言を呟く記録者だが、その反面アリスは本日二度目の青い顔をお披露目している。
「ヤバイ! ママに怒られる!!!」
鬼のような顔が頭に浮かんで、想像だけでぶるりと体が震える。
「では、お送りしましょう。詫びも兼ねて」
記録者はスッと立ち上がり、アリスの荷物を手に取った。人の流れに逆らって、二人は道を歩む。人が多くなり始めたところで、記録者はアリスに荷物を返した。
「さ、これを持って」
十字路のところでそっと背中を押され、その勢いで何歩か前に出た。
次、顔を挙げると、人混みはなくなり、さざめきが消え、見覚えのある道が続く。その先にあるのは、アリスの家。
振り返ると、都は山下に見え、ずっとずっと遠くにあった。
理解が追いつかずに佇んでいると、甲高い母の声が耳を貫く。
「コラ! どこ寄り道してたの!」
「ハイハイ、今いくから!」

あれは夢だったのだろうか。
ベッドに寝っ転がって、天井を見つめながら、昨日のことを思い出していた。
いや、花茶も飲んだ、会話もした、きっと現実だ。
でもそれを確信づけるものは、残っていない。
そのとき、ノックもせずにズカズカ部屋に母が入ってくる。
「ちょっと、これなあに? また余計なもの買ったの?」
どうして母というのは、いやな声、言い方をしてくるのだろうか。
物語に出てくるお母さんは皆優しいけれど、少なくともアリスの母は鬼のような人だ。
ムスッとした顔で起き上がると、母の手にある物にアリスは釘付けになった。
「ああーー!!!!」
「うるさい! 近所迷惑でしょ!」
母が持っていたのは、記録者に見せてもらった本だった。
やっぱり、あれは夢なんかじゃなかったんだ。
母から本を奪うように取ると、ページを一枚ずつ丁寧にめくっていく。
奇妙で、摩訶不思議なひとときの結晶をギュッと握りしめていた。


「本をあげていいのか。って?」
記録者は聞き返した。
窓の縁にちょこんと座り込んだ猫に向かって。
「素敵な本になったから、手放すのは惜しいけど……」
あの本を手にした彼女が先日の出来事を思い出してくれるのなら、喪失感なんてものはない。
そもそもあの本は記録者が“勝手に”書いたものなので、どうするも記録者の勝手である。
彼女は先日のことを夢として終わらせるのだろうか。
それでもいいか。
それを記録しても、きっと素敵なものが出来上がる。

2/18/2025, 3:17:28 PM

「芙蓉(フヨウ)」は、いわゆる「深窓の姫君」だ。彼女の楽しみは、蔀から季節の彩りを眺めて詩をつくることだけ。この時代、高貴な人が外出することは自由ではなかったのだが、たまにこっそり門を抜け出したら、父からこっぴどく叱られたのを覚えている。
そんなとき、一羽の黒鳥が蔀の縁にとまった。 この鳥の名前を、芙蓉は知っていた。
(鳥だ!)
書物では真っ黒な体と書かれていたけれど、日の当たり具合によって、縁だったり紫だったり、羽根は色を変える。 初めて目にする鳥をマジマジと見つめていると、足になにか結ばれているのに気がつく。
「これは、紙?」
紙をほどく間、驚くほどこの鳥は大人しく、されるがままだ。手にとってみれば、いつも使うような紙より、ザラザラしてて触り心地が悪い。 恐る恐る紙を開くと、短く字が書かれていた。
「ハシ、メマシテ……?」
拙い字、悪く言えば汚い字。 貴族でこの字を書こうものなら多くの貴族にバカにされるだろう。けれど芙蓉はこの六文字を何度も何度も読み返す。 いつの間にか鳥はいなくなっていたけれど、それにも気づかず、 何度も。
見知らぬ相手からの手紙。 鳥の足に括り付けられて、 それは月に一度はやってきた。 芙蓉も返事をかき、 鳥に託し、 こうして手紙のやり取りは続いた。 両親に見つかったら、きっとこれは燃やされてしまう。 必死に隠して数年。 字は汚いままだが、 字数は送られてくるたび増えていった。
「オゲンキ、 デスカ? ワタシはゲンキ、デス。ふふ」
何年経っても、 他人行儀というか、手紙越しに伝わるほど緊張してる。それがなんだか可愛らしくて、 愛おしそうに紙を撫でた。
「キョウは、サクラナミキを、ミテキマシタ。 桜並木か」
書物で一度読んだことがある。大樹がそびえ立つ姿こそ桜だと思っていたけれど、人々を虜にする桜並木を一度は見てみたいと思った。
「私を外へ連れていって、」
そう書いたところで、紙をクシャリと丸めた。 相手は自分の素性を隠していたが、それほど高い身分ではない男であることに芙蓉は気づいていた。
「私も見てみたいけれど、 妄想だけに留めておきましょう」
芙蓉には幾多の見合い話が舞い上がってくる。 婚期である今、縁談も進んでいる。 でも芙蓉は見知らぬ手紙の相手に、 特別な想いを抱いていた。この淡い想いは心に留めておくしかない。 それが姫の定めなのだから。

数ヶ月後、 芙蓉は寂しさを浮かべながら、 返事を書いた。
「この度、 私はある殿方と結婚することとなるかもしれません。 手紙は、
これで終わりです。退屈な日々を彩ってくれて、ありがとう」
ポタポタ、 手紙に落ちていく涙。 紙にシワをつくっても、その涙の意味さえも、この人に伝えたい。
「さよなら、 烏さん。 さあ、 最後の仕事よ」
伝達者の姿を見送るが、いつもみたいに遠くへは飛んで行かない。 空中で輪をつくり、 なにか伝えようとしている様子。 芙蓉は重い単衣を脱いで、町娘のように軽々とした装いになった。蔀から身を乗り出し、地面に足をつける。 その様子を確認したように、鳥は体の向きを変えて、 西の方に飛んでいく。 人生でこんなに走ることなんて、 もうないだろうな。 服がはだけるのもお構いなしにひたすらに走り続けた。
「いてっ、 いてえって」
烏が降り立った場所は、 門内だった。自分がよく知る建物の中。 この家に仕える武人たちの稽古場、 道場。 そこに立つ一人の青年。 彼の肩には見知った黒鳥がとまって、 青年の頭をつついている。
「あなたが ......」
「ん、?」
漆黒の髪を持つ、目鼻立ちのハッキリとした青年だった。蔀の隙間から差す日差しに照らされて、 髪色は緑や紫に変わったりする。 まるで烏が人の姿になったようだった。 青年は芙蓉の顔を身なりを見るなり、顔を赤らめたり、 青くしたり、 ちょっと忙しい。 芙蓉はそんなこと気にせず、 青年を見据えている。
「桜並木のある場所へ連れていって。 私と桜を見にいっ
「ひ、姫様......!?」
芙蓉の白い頬を銀色に輝く雫が伝う。 大粒の涙が溢れ出す。 慌てていた青年が今度は至って真剣に向き合う。
「縁談の話は知っています。 貴方がこの手紙で最後にしようとしていたのも、なんとなくわかっていました。 でも、 俺は貴方をお慕いしてます。 貴方がこの先誰と結ばれようとも、 貴方だけを愛し続けます」
真っ直ぐとした、澄み渡った眼差し。 その視線に射抜かれたように、芙蓉は瞳は大きく揺らめく。
「私は、貴方がいい」
「え?」
「私は貴方をお慕いしています!」
青年の告白を真似た、 芙蓉なりの遊び心のある愛の言葉だった。 彼からしてみれば、 自分よりずっと上の身分の女性に好意を持たれているんだから、普通ではいられない。 その証拠に、 尋常じゃないくらいの大声を道場
中に響き渡らせているのだから。芙蓉はほっそりとした手で青年の手を包み、 愛おしそうに微笑む。驚きでどうにかなりそうだった彼だが、 慕う女性に手を握られ、再び顔を赤くさせた。
その後、 芙蓉の父にはもちろん秘密に文通していたことはこっぴどく叱られた。青年は冷や汗ダラダラである。 しかし芙蓉の母の口添えもあり、二人の婚約を認めたのである。 彼らの婚儀は桜並木の下で行われたそうだ。

──姫の退屈な日々を彩ることができたのなら、 本望です。

12/26/2024, 1:30:46 PM

「花が散るころ、また来よう」
桜の上は、稲荷の君から一輪の花を受け取った。
彼はそう言い残して、桜の上のもとを去っていく。

まだか、まだかと待ち続けて月日が経った。
彼からもらった花は不思議なことに、枯れることなく、散りもしない。

ある日ふと鏡を見たとき、桜の上はとても驚いた。
白い肌にはシワができて、黒髪にはところどころ白髪が見られる。
花も恥じらうその美しさはどこへ行ってしまったのか。

「こんな姿では稲荷の君に合うことなどできない」
桜の上は悲しみのあまり、しばし局へこもってしまった。
愛しい殿御に会えない寂しさと、美しさを失った辛さ。
しかし女房に情けない姿は見せまいと、昼間は気丈にふるまった。
毎晩、女子のすすり泣く声は絶えなかったそうだが。


満月の夜、稲荷の君がおお見えになった。
満月の夜、桜の上がお隠れになった。


稲荷の君は桜の上の亡き骸に涙を流した。
彼は忘れていたのだ。人間とは時の流れが違うことを。
桜の上がお隠れになった今、やっと花は散っていく。

悲しみが尽きない彼は、まことの姿へ戻り旅に出た。
時折愛しき人を思い出して地に涙を落とす。
土からは芽がはえ、やがて桜の並木となった。
その桜は今でも多くの人々を夢うつつに惑わし、時の流れをも忘れさせてしまうとさ。


────

「桜は散ることを知りながら、咲くことを恐れない」
満月の夜、どこかの誰かさんがそんな言葉を聞いたらしい。

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