春の木漏れ日が差し掛かり、風に吹かれて花はチラチラと舞ってみせる。瑞々しい緑が庭を彩って、庭の中心にある噴水が涼しさを更に引き出した。
ここは都から遠く離れた、森の狭間にある小さな古城。普段ここに人は訪れない。自然と閑静の調和を楽しむことのできる安らぎの地。そして、人ならざる者でありながら、この世で一番人と近しい者たちが住まう場所でもあった。
本館から少しばかり離れたところに、日当たりの良い庭が広がる。鮮やかに花が咲き乱れ、青い草は水を帯びて、木陰を作りながら木は端っこでゆらゆらと葉を揺らす。乾いた土に恵みをもたらすのは、若々しく淑やかな青年。
「おや、先客ですか」
コツン、と靴を鳴らして上品にふわり笑みを浮かべながら男は庭に顔を出す。男の声に傾けたジョウロの口を持ち上げて、青年は振り返る。
「そろそろ水をやったほうがいいかと思って来ましたが、必要ありませんでしたね」
ニコリと微笑む男の言葉に青年は申し訳なさそうに視線を逸らした。
「あ、ごめん。先に伝えておいた方が良かったね」
「いいえ? こんな面倒な仕事、誰もやりたがらないでしょうから、仕方なく来ただけですよ。気にしないで」
男は変わらずに笑みを浮かべた。本当は怒っているかもしれないし、本当に気にしていないかもしれない。それは本人のみぞ知るといったところだった。
「水やりは彼女に言われて?」
「ううん。勝手にやってるだけ。帰って来て薬草が枯れてたら悲しいだろうから。……やり方が違うって怒られるのが怖いけど」
「ヒューゴは彼女をよく気にかけていますね」
「頼もしいですよ」目を伏せながら、雫に濡れた薄紅色の花を細く長い指でそっと撫でた。美しい花々を育てあげた、この庭の管理人のことを思い出す。彼女が来る前はこの庭はただの飾りのひとつでしかなかったが、見渡す限りの草花はそれぞれここに植えられた理由を持つ。
「ああ。そういえば、もうすぐ帰ってくるそうですよ。──うちの庭の管理人さんが」
「えっ!」
思わず溢れた声には、驚きと喜びが交わっていて。綻ぶ口元を手でなんとか覆い隠す。ヒューゴの初々しい反応が微笑ましく、男はまた口元に弧を描いた。
◇
3/9/2025, 9:58:13 AM