俺は恋人の涙にとても弱いです。
彼女は幼さが残ると見せかけてそんなことない。実は芯が強い。泣き虫だと本人は言うけれど泣く時はちゃんと理由がついてくる。
俺は、そんな彼女の涙に弱い。
彼女が俺の前で涙を見せる時は、俺が怪我をしてしまった時だから。
心配させてしまった時だから。
救急隊員として救助をしていれば危険が伴う時はある。気を抜いたり、予想していない時に上手く対処できなければ怪我だってする。
彼女の涙を見たくは無いから、怪我をしないように訓練を繰り返す。
何度も何度も。身体に染み込むまで何度も。
付き合い始めた頃にうっかりしたことで怪我をしてしまった。その時に、大きな瞳からこぼれ落ちる涙に肝を冷やした。
こんな泣かせ方は絶対にダメだと思った。
おわり
四九九、涙の理由
たまたまオシャレな喫茶店を見つけたので休憩がてら入って恋人と入ってみることにした。
入ってすぐにコーヒーのいい匂いが鼻をくすぐる。
テーブルに案内されて改めて周りを見てみると色々なコーヒーカップが飾られ、格好いいコーヒーメーカーから淹れたてのコーヒーの香りがしていた。
「もしかして、コーヒー専門店かな?」
「そうかも、ですね」
小さい声で囁きあう。と言うのも、俺も彼女も甘いものが好きで、あまりコーヒーは得意ではなかった。
メニューを見ていくと色々書いてあって、何が何だか分からなかった。
それを察したのか、店員さんが俺たちのテーブルに来て微笑みを向けてくれる。
コーヒーが詳しくないことや、あまり飲んだことがないことも伝えると、初心者にも飲みやすい豆で、カフェオレをおすすめしてくれた。
俺と彼女は店員さんのおすすめとケーキのセットで注文する。だってケーキもさー、自家製で作っているって聞いちゃうと食べたくなるでしょ?
彼女とふたり、コーヒーとケーキをのんびり待つ。
コーヒーを作る時のコポコポとした音、コーヒーの香り、ゆっくりとした音楽。椅子も柔らかくて座りやすいから、ぼんやりしていると眠ってしまいそうなくらいだ。
なんて言うか、五感全部で過ごしやすいを感じてしまう。
「これは……居心地良すぎて危険ですね」
「うん、俺寝そう」
彼女はくすくすと笑いながら縦に首を振ってくれる。
喫茶店の感想を言い合っているとカフェオレとケーキがテーブルにそれぞれ並んだ。
彼女と目を合わせて、カフェオレから口に含む。
ふたり同時に目が開く。
コーヒーってただ苦いって思っていたけれどそんなこと無かった。もちろん苦味はあるけれど、これくらいならいける。
なにより牛乳でまろやかで少し甘さを感じて本当に飲みやすい。
「美味しいね」
「はい。私、これなら飲めます!」
ケーキをつつきながら、カフェオレを楽しむ。
やばいな、この喫茶店。
居心地があまりにも良過ぎて、折角のカフェオレが冷めてしまいそう。
おわり
四九八、コーヒーが冷めないうちに
パッと目を覚ますとそこはいつもの天井……? じゃない。
見覚えのある天井だけど、ここは俺の〝今住んでいる部屋〟の天井じゃない。
どういうことだ?
俺は立ち上がってサッと支度して外に出る。広がるのは見知った場所。
場所なのに、何か違う。すれ違った人達に見覚えがない。
何か嫌な予感が溢れて仕方がない。
俺はスマホを取り出して連絡帳をスライドして見ていく。
あれ?
真っ先に会いたい恋人の名前が見つけられない。
冷たいものが背中に流れ落ちる。
名前で検索しても見つけられない。
そんなはずない。
俺はスマホの写真ホルダを見つめると、彼女だけ見つけられない。
瞳を閉じれば満面の笑みを向けてくれる愛しい彼女が浮かぶ。元気な声、やんちゃに笑う姿。時々見せる憂いのある表情。
全部、全部。俺が覚えているのに!!
ここは……。ここは〝俺の知っている世界〟じゃない。
俺はバイクに乗ろうと駐車場に向かう。いつも使っている愛車と共に、彼女と思い出のバイクを探す。
俺の大好きなクリームソーダの色合いに改造してくれた。炭酸をイメージしてラメを入れてくれて、余りハデにならず、クリーム感も上手く表現している。
駐車場を見回していると、そのバイクが見つけられた。心の底から安堵する。
このバイクは彼女がメンテナンスをしてくれた、俺にとっては大切なもの。
バイクを撫でると金属なのに、どこか温かみを感じる。
彼女との思い出のものがここにある。
他になにかないかとバイクを見ていく。座席シートを開けると、手紙が入っていた。
手紙を開けて見ると見慣れた文字でメッセージが書かれていた。
〝早く帰ってきて。あなたに会いたい〟
と。
おわり
四九七、パラレルワールド
さすがに離してもらえない……か。
俺の仕事は救急隊員で、まあそれなりに危険な仕事もある。
今日の仕事はとにかく忙しくて、いつもは返せるメッセージの返事を返せなかった。いや、それどころか残業まであって全然連絡ができなかった。
ようやく連絡して、家に帰って、ご飯食べてお風呂入って、と。日々の生活通りに過ごして眠ろうかとなってから、抱きついて離してくれなくなった。
それから時間はどんどん経って時計の針が重なる。それでも俺に抱きついて離れない。
いや、俺は嬉しいけれど、なんでこうなったかを考えると素直に喜びづらいな。
普段の彼女はこんなふうにはならない。俺に迷惑をかけないように気を使ってくれる。
でも、今日は違う。
彼女にとってトラウマ的なものを踏んでしまったのかもしれない。
自分が危険な仕事をしているからこそ、彼女への連絡はしていたんだ。
俺が生きている証に。
でも今日はそれが出来なくてこんなに心配させちゃった。
「ごめんね」
彼女の顔は見えないけれど、俺の身体を抱きしめてくれる。
俺は彼女の頭を優しく撫でてから抱きしめた。
「俺はここにいるよ」
おわり
四九六、時計の針が重なって
「僕と一緒に行かない?」
そう、仲の良いお客さんからお出かけのお誘いを受けた。
まあ、お客さんからの縁だけれど、少しプライベートも話せるようになった異性のお友達だ。
私は視線を泳がせて回答に困惑する。いや、私も少しはプライベートを話すけれど、恋人がいるとまで話してはいなかった。
「二人きりならだめ」
どう回答しようか悩んでいると、私の後ろから聞き慣れた声がして胸が高鳴る。私を誘ってくれた人も驚いて〝だめ〟と聞こえた方に振り返った。
そこには満面の笑みを浮かべる恋人が立っていた。
「ダメってなんで?」
「俺が許可しないから」
私は不安な視線を彼に送ると、彼は優しい瞳で私を見てから頭を撫でてくれる。
「許可?」
隠している訳じゃなくて話すタイミングが無かっただけだから、これがそのタイミングだと思うことにした。
疑問の声と同時に私へ視線を向けられると私は応えるように笑った。
「二人きりだと彼の許可いりますね」
その言葉だけで大体察したようで、友達は首を縦にゆっくり振りながら「あ〜」と頷く。
「私の恋人です」
「彼氏です」
「ごめん、そりゃ許可いるね」
おわり
四九五、僕と一緒に