「ただいま帰りましたぁ」
リビングのソファに座っていると、玄関の方から愛らしい声が響き渡る。
俺は彼女を迎えに玄関へ足を向けると、俺の姿に気がついた恋人は嬉しそうな顔で俺に飛びついてきた。
「おかえり」
「たたいまです〜」
「疲れた?」
「疲れました〜」
そう言いながら頭をグリグリしてくるのが本当に可愛い。
一緒に暮らし初めて数日。
遠慮が少しずつ減ってきて、ようやく〝ふたりの生活〟を過ごせるようになってきた。と、思う。
初日は〝ただいまのハグ〟も少し遠慮がちだった。彼女からハグしたいって言ってきたんだけれどな。
彼女がどういう意図で〝ただいまのハグ〟を希望したのかは分からないんだけど、数日やっていて俺が感じたのは安心感だった。
だから、俺自身もこのハグに対して遠慮しなくなってきていた。
「えへへ〜」
嬉しそうにぎゅっと抱き締めてくれる。今日はいつもより長いから、もしかして疲れているのかな?
そんなことを考えながら、俺も彼女を強く抱き締める。
こういう日々を積み重ねて、当たり前にして行けたら嬉しいな。
おわり
四七一、ふたり
ぎゅっと締め付けられて息苦しい。
実際に息ができないわけじゃないけど、呼吸が浅くて辛いんだ。
視線の先に光るものが見える。
それでここが暗い場所なんだと気がつけた。
重い足を奮い立たせて光の方へ歩いていく。
息も絶え絶えになってきたけど、近づきつつある光を希望に前へ進んでいた。
どれくらい時間が経ったか分からない。
終わる気がしなかったけれど、ちょっとずつ歩いて行ってなんとか光にたどり着いた。
思ったより小さい光なのに強い。
その光に手を伸ばして指先が触れると中に心情が浮かぶ。
守りたい子がいるんだ。
その子の表情がクルクル変わっていて目を奪われる。なにより彼女の笑顔が頭から離れない。
見ないようにしていたのに。
気が付かないようにしていたのに。
俺はその『光』から目が離せなくなった。
もう、気が付かないようにするのなんて無理だ。
俺は彼女が好きなんだ。
そうやって認めてしまうと、簡単で。
光が広がって、世界に彩りがよみがえっていく。
空気も変わり、重かった身体も心も軽くなっていった。
――
目を覚ますといつもの天井で。
ゆっくりと身体を起こすと、さっきまでのことが夢だったと理解した。
夢で気がついた気持ちを思い出し、彼女の笑顔を脳裏に浮かべると胸が温かいんだ。
おわり
四七〇、心の中の風景は
「暑いねぇ」
「暑いですねぇ」
仕事帰りにデートがてら夕飯の買い物に出掛けていた。
本当は彼女と手を繋ぎたいし、くっつきたい気持ちはあるけれど、この暑さじゃ無理。
彼女にも迷惑だ。
彼女は嫌がるとは思わないけれど、さすがにね。この暑さでくっつかれたらシンドイでしょ。
ふと足元を見ていると、普段青々としている夏草がくすんだ色でグッタリしていた。
俺の視線が気になったのか、彼女も同じ草に目線を向けた。
「この暑さで枯れてるね」
「この暑さですからねぇ……」
自然の暑さとは言え、草木も枯れる暑さなんだから俺たちも気をつけなきゃね。
「早く帰って涼みましょう」
「大賛成!」
ふたりで視線を合わせてから、車へ足早に歩いていった。
おわり
四六九、夏草
先日、仕事の先輩から〝安心感が増えた〟と言われるようになった。
俺自身に何か変わったことはないけど、まあ心当たりがないとは言わない。
先日、恋人と同棲を開始した。
俺自身が救急隊と言う時間に都合の付きにくい仕事をしていて、恋人との時間が中々取れないのでイライラしてしまった。
でも一緒に暮らし始めて、恋人の体温を気軽に感じられる生活。彼女を後ろから抱きしめて眠るといつもより早く眠りに落ちるんだ。
朝まで目を覚まさなくて、目を覚ますと頭がスッキリしていることが多い。
朝ごはんをどちらかが作って、ふたりで食べてから仕事に向かう。
そんな日々を過ごして、先輩に言われたのが件の話しだった。
確かに少しだけ変わったのかもしれない。
俺は恋人の笑顔を思い出す。
家に帰ってから俺を抱きしめてくれる彼女の温もりが愛おしくて、心の波が落ち着いて行く。
彼女からもらった強さが確かにここにあるんだ。
おわり
四六八、ここにある
居間に向かうと恋人がソファに横になっていて、座ると言うより寝転がってスマホをいじっている。
部屋着はパンダの着ぐるみのようなふわふわなパーカーに同じふわふわの生地の黒いショートパンツ。
真っ白な素足がスラリとのびていて、俺としては目が惹かれて仕方がない。
いや、いいんだよ。
家だし、俺恋人だし。
それでも無防備過ぎて色々心配になっちゃう。
俺は座る場所のないソファの前に膝を立てて座り、彼女のお腹辺りに寄りかかる。
彼女はスマホから視線を外して、俺を見つめてふわりと笑ってくれた。そして俺の頭を優しく撫でてくれる。
うーん、極楽です。
「どうしましたかー?」
「かまって欲しいのとー」
「のと?」
くすくす笑いながら彼女が膝を立てるから、頭から伝わる彼女の体温の面積が広がって……やっぱり幸せです。
俺は彼女の足の方に視線を送ると、彼女もそれに習ったみたい。
「素足がまぶしいです」
キョトンとしているけれど、人畜無害に見えるウサギだってオオカミになるんだと、もう少し理解して欲しいです。
おわり
四六七、素足のままで