居間に向かうと恋人がソファに横になっていて、座ると言うより寝転がってスマホをいじっている。
部屋着はパンダの着ぐるみのようなふわふわなパーカーに同じふわふわの生地の黒いショートパンツ。
真っ白な素足がスラリとのびていて、俺としては目が惹かれて仕方がない。
いや、いいんだよ。
家だし、俺恋人だし。
それでも無防備過ぎて色々心配になっちゃう。
俺は座る場所のないソファの前に膝を立てて座り、彼女のお腹辺りに寄りかかる。
彼女はスマホから視線を外して、俺を見つめてふわりと笑ってくれた。そして俺の頭を優しく撫でてくれる。
うーん、極楽です。
「どうしましたかー?」
「かまって欲しいのとー」
「のと?」
くすくす笑いながら彼女が膝を立てるから、頭から伝わる彼女の体温の面積が広がって……やっぱり幸せです。
俺は彼女の足の方に視線を送ると、彼女もそれに習ったみたい。
「素足がまぶしいです」
キョトンとしているけれど、人畜無害に見えるウサギだってオオカミになるんだと、もう少し理解して欲しいです。
おわり
四六七、素足のままで
少しずつ、心に違和感があったんだ。
ひとり寂しくなった時に笑顔で来てくれた姿が忘れられない。
彼女の笑顔を見ていると嬉しい。でも俺に背中を向けられると寂しくて。
俺じゃない男と話していると鋭い痛みが突き刺さる。
その気持ちが何かについては耳を塞いで、それでも彼女の心に触れたいと願う。
ねえ、俺は君に手を伸ばしていい?
あと、もう一歩だけ……。
君に近づきたい。
おわり
四六六、もう一歩だけ、
目を覚ますと見覚えのない天井。
ここはどこだろうと身体を起こして周りを見回すと状況を思い出せた。
昨日、〝新しい街〟に足を踏み入れた。
空港に辿り着くと、知っている空気と匂いが違っていて、知らない場所に来たと理解させる。
この場所は新しい自分の部屋。この街で俺が与えられた自分の空間だ。
俺はベッドから立ち上がって簡単にストレッチをする。そして最後に深呼吸。
やっぱり知らない空気だ。
俺はカーテンを開けて窓の外を覗くと見知らぬ街の景色が広がっていた。
そうだ。
俺はここに新しい経験をしたくて来たんだ。
新しい人と出会いたい。
家族のように大切な人にも出会えたら嬉しい。
内側から来るワクワクを止められなくて自然と笑顔になる。
この空気を〝当たり前〟にして、俺はこの街の人間になるんだ!
俺は着替えて玄関のドアを開く。
「よし、行こう。新しい街へ!」
おわり
四六五、見知らぬ街
ほんの少し前までキレイな空だったのに、突然空が暗くなってきた。
ゴロゴロと小さな音が聞こえる。
扉の音が鳴り響き、私は音の方に振り返って彼の元へ足を向けた。
「ただいまー」
「おかえりなさい、空……」
「うん、急に寒くなったからゲリラ豪雨が来るかも」
彼のそばに近づくと、当たり前のように正面から抱きしめ合う。この時間は付き合ってからずっと続けていた私たちの大切な儀式みたいなもの。
まだ暑い季節なのに彼の服は少し冷たさを感じた。
だからより一層強く抱きつく。体温を分け与えられるようにギューっと。
彼も抱き締め返してくれるけれど、外からまたゴロゴロとさっきよりちょっと大きな音が聞こえる。
その音にふたりして窓に視線を向けてしまった。
「これは来るね、雷」
「はい。光った様子がないから、ちょっと遠くから来るかもですね」
おわり
四六四、遠雷/遠来
仕事が終って空を見上げると、ビルの合間から紺色の空と満月が輝いていた。
普段ならもう少し明るい時間に帰れるけれど、今日は残業が長引いてすっかり暗くなっている。
空色って水色のイメージがあるけれど、こういう紺色も空色なんだよな。
空色が好きと公言している俺と恋人。
俺はこっちの色も好きなんだけど、彼女はこっちの〝空色〟も好きかな?
吸い込まれそうな月夜にスマホを向けてパシャリと撮る。
いつも見ている空だと思うけれど、月が煌々と輝いて、いつもと違うように見えていた。
そのまま彼女に写真を送る。
『キレイな夜空だよ』
そう送ってから駐車場に向かって車に乗り込むとスマホが震えた。
『お疲れ様です。キレイな紺色の空でこういう色、私好きです。気をつけて帰ってきてくださいね』
彼女の返事を読んで、自然と口角が上がってしまった。
同じように〝好きな青空〟だということも、俺を気遣ってくれる言葉も嬉しくて、安全運転で帰ろうと思った。
早く会いたいな。
おわり
四六三、Midnight Blue