先日、彼女を抱きしめると、身体から香水じゃないけれど、マリン的な爽やかで甘さのある香りがしていた。
彼女のイメージは白なんだけれど、好きな色が青や水色だから、マリン的な香りは彼女にあっていていつも以上にドキドキしたんだ。
青い海の香り。それは夏の彼女の香り。
それ以降、その香りは彼女を思い出すから香りは記憶に残るとはよく言ったもんだなと思った。
――
家に帰っていつものハグをした後、服を着替えてリビングに足を向ける。
リビングに入ると、彼女を思い出す香りが鼻をくすぐった。
「あれ、この匂い?」
「あ、気が付きました?」
ふたり分の飲み物を持った彼女がソファに座る。そして飲み物を置いてから、ローテーブルに置いてある白い石みたいなものを指さした。
「この前の香り、気に入ってくれたみたいだから、アロマオイルを買ってみました」
ドヤ顔で話してくれる彼女がなんとも愛らしい。
「でも入ってすぐによく気が付きましたね?」
「え、香ったよ」
「アロマストーンってそんなに香りは広がらないんですけれど……」
君を思い出す香りだから、すぐ分かるんですなんて言えないな。でも、この場所からリビングの入口、そしてその先にあるものを見て分かった。
「ああ、クーラーの風に乗っているんだ。だからこの香りが迎えてくれたんだ」
彼女も納得した顔で微笑んでくれる。
マリンの香りの風。
俺の脳には彼女の香りだと刷り込まれてしまった。
おわり
四一四、青い風
雨の季節ってどこへ行ったんだろうね。
空を見上げたら曇りのない青が広がって、俺と恋人が好きな色が視界一帯に染まっている。
ああ。
こんな日は、彼女を連れて遠くへ行きたいなぁ。
おわり
四一三、遠くへ行きたい
「あれ、あなたのしているブレスレット。こんな透明でしたっけ?」
先日、恋人になった彼女が、俺の付けている水晶のブレスレットを見てそう呟く。
そう言われて俺は自分のブレスレットを見ると、確かに俺の記憶とは違っていた。
前はもっとヒビ割れの水晶が何個かあったはず……。
この水晶のブレスレットは人から貰ったもので、気に入って毎日付けているから誰かのと間違えたなんて思えない。
「なんでだろう?」
「なんででしょう?」
ふたりで同じ方向に首をかしげていて。目が合うと笑いあっていた。
ああ、しあわせです。
そんなことがあってしばらくした日。水晶をくれた友人に会ったから、ヒビ割れのことをブレスレットを見せながら聞いてみた。
「なにか良いこと……あったね、そう言えば」
「おかげさまで」
友人は俺に恋人ができたことを思い出し、呆れたように笑ってくれる。
はい、俺は今しあわせです。
「だからだね」
ビシッと、胸を張って答えてくれるんだけれど、何を言っているのか分からなかった。
「え、どゆこと?」
「この石、水晶のクラックって言うんだけどさ。願いが叶うとヒビが薄くなるんだよね」
「そんなことある!?」
「あるんだな、これが」
ふんす!とドヤ顔で話してくれる。
「邪気を守ってくれたり、願いを叶えてくれたりする石だから、役目を果たしてくれたんだね」
歯を見せて笑ってくれるその表情を見て、嬉しくなってしまった。
友人は心の底から俺を応援してくれたんだな。
おわり
四一二、クリスタル
べったりとした空気が重くて、気分が落ち込んでしまう。
早く家に帰って涼しい場所に逃げ込みたい。
汗だくで身体中気持ち悪くて、シャワーも浴びたいー!!
そんなことを思いながら、チャイムを鳴らして家に入る。
ああ、涼しい。極楽です。
と言うか、家に入って涼しいってことは恋人が先に帰っていたのかな?
そんなことを思っていると奥からいつものように恋人が顔を出して俺に向かって両手を広げて走ってくる。
「待って! 今はダメ!!」
俺は手を正面に突き出して彼女が飛び込んでくるのを止めた。
俺たちの〝当たり前〟になっている行動として〝お帰りのハグ〟がある。
今の俺は汗だくで、身体ベタベタで、匂いも気になるところなんです。
大きな目が見開いて驚いていたけれど、俺の状態を見て一歩引いてくれた。
「先にシャワーどうぞ」
「ごめんね、ありがとう!」
それだけ言って俺は脱兎の如くシャワーを浴びにすっ飛んで行った。
――
シャワーを浴びてサッパリしてから着替えてリビングに向かうと微かにマリン系の香りが鼻をくすぐる。
本当に微かなんだけれど水をイメージする透き通った匂い?
そんな疑問を持ちつつ、彼女の姿を視界に入れる。
「さっぱりしたー、おまたせ!」
俺の声に反応した彼女は満面の笑みで俺に向かって来てくれる。
「わーい、おかえりなさいー!」
そう言って俺に抱きついてきた。
「ただいまー! ああ、帰ってきたーってなるー」
「うふふー、私もですー」
彼女を抱きしめていると、さっき掠めた香りが彼女からする。
「ねえ、なんか香水付けた?」
「え?」
「いや、なんか、いい匂いする」
彼女は少し考えてからパッと表情が変わる。
心当たり、あるのかな?
彼女は俺から離れようとしたけれど、むうっと唇を尖らせた。
離れたくないのかな?
だったら嬉しいけど。
その後、改めて俺に抱きついた。
どうやら離れる選択肢は却下されたみたい。
「えっとお客さんからアロマオイルを貰ったんです。夏っぽい香りで気持ちよかったから。苦手な香りじゃないですか?」
「ううん、俺は好き。すっきりしているよね。海っぽい」
「そうなんです!」
彼女の目がキラキラと輝く。
「私もお客さんから聞いて匂いを嗅がせてもらったんです。気に入ったからなんの匂いか聞いたらプレゼントしてくれました」
嬉しそうに報告してくれているけれど、そのプレゼントをしたのは男じゃないよね?
「ふふ、女性からですよ」
彼女が俺の表情を見て笑う。
「そんなに分かりやすい顔してた?」
「してましたー」
彼女は目を細め、ニヤニヤしているのが分かる。
「私はあなたの恋人ですよー」
そう言ってまた抱きしめてくれる。
ふわりとマリンの香りが鼻をくすぐった。
おわり
四一一、夏の匂い
季節的に日差しが強くなって、カーテンを開けっ放しにしていると冷房の温度がなかなか下がらない。
「カーテン閉めるから電気つけるね」
「はーい」
俺は水色のカーテンを閉めてから、LED蛍光灯をリモコンて付けた。
彼女が麦茶を出してくれて、ふたり揃ってソファに座る。昨日何があったとか、こういう話をしたとか、他愛のない話をしていると気温が下がっていく。
彼女の肩がブルっと震えている姿を見てしまった。
「カーテン閉めたから寒くなったかな、温度上げるね」
そう言いながらリモコンで温度を一度上げた。
「もう少し上げたほうが良かったら言ってね」
「はい」
彼女はふわりと微笑んで、俺の腕に手を絡ませてから肩に寄りかかってくる。
「ありがとうございます。まずは、あなたからあっためてもらいます」
ほんのりと頬を赤らめてから寄り添ってくれる。触れる彼女の体温が冷たくて本当に冷えていると理解したから、俺はその手を離して肩から抱き寄せた。
「じゃあ、まずはこうしようか」
彼女は驚いたけれど、嬉しそうに俺の腰に両手を回してピッタリとくっつく。
いや、本当に冷たいな。
俺はリモコンでもう一度温度をあげてから彼女を抱きしめた。
俺の体温を分け合えたらいいな。
おわり
四一〇、カーテン