人とのお別れが嫌い。
寂しさを見ないふりして、みんなの前で平気な顔をする。
でも心に空いた穴は塞がることはなくて。
別な人とのお別れがあると一気に広げられてしまう。
いやだよ。
つらいよ。
かなしいよ。
また会える。
もちろんそういう人もいるけれど、もう二度と会えない人だっているんだ。
その人にとっては私の存在は大したことは無いけれど。
小さくても心に残る存在だったんだよ。
先日、この都市を離れると言ったお世話になった人達は、きっともうここには戻ってこない。
あの晴れやかな笑顔で別れを言われたら、もう会えないって分かるんだ。
お世話になった人達だけでこれなんだもん。大好きな人だったらどうなっちゃうか分かんない。
会社の社長とか、友達とか、恋人とか。
布団にくるまって体育座りをしながらそんなことを考えていたら、布団の上から抱き締められる。
こんなことをしてくれるのは一人しかいない。
一緒に住んでいる大好きな恋人。
布団を捲り上げて私の顔を見つめる。眉を八の字にして正面から抱き締めて背中を優しくポンポンとしてくれた。
彼の行動に涙はもっともっと溢れて止まらなくなる。
お願い。
あなただけは、どこにも行かないで。
おわり
四〇二、どこにも行かないで
俺の恋人は、おっちょこちょいで、あわてんぼうなところがある。
初めて会った時はろうそくの火みたいに軽い息で消えてしまいそうな人だと思っていた。
だから、俺が守らなきゃって思ったんだ。
でも、それが間違いだって気がついた。
彼女は仕事にひたむきで、気がついたら専門的なことを理解して正しくプロになっていた。
後輩に指導している姿を見て、彼女の背中が頼もしくて、俺も負けられないと思ったんだ。
だから、彼女の仕事に前向きな姿は俺にも影響を与えてる。
お客さんには笑顔で誰とでも楽しく話せるから人懐っこさがあると思っていたんだけれど、仕事意外だと人との距離を測っていて甘えるのがヘタだと気がついた。
でも、ふたりになると俺の隣に来て俺の体温を求めてくる甘えんぼう。
仕事で頼りにになって格好いいのに、こんな可愛い姿は俺しか知らないのは少し優越感です。
おわり
四〇一、君の背中を追って
季節は一気に初夏へ進み、合わせて湿度も上昇。熱中症の患者も増える日々。
俺は年々暑くなる気温に辟易していた。
いや、俺だけじゃないな。
陽射しの強さもそうだけれど、とにかくこの湿度が憎たらしい。身体に取り込む酸素すら重みを感じてしまう。
身体の水分が沸騰しそうだった……ので、恋人へのお土産にアイスクリーム屋さんに寄って帰りました。
彼女の好きなパチパチしたアイスと、俺の好きなチョコミント。期間限定のフレーバーも何種類か選んで買って帰った。
そうだ、チョコミント。
俺は一番好きな味なんだけれど、彼女の苦手な味。
同じ好きなものが多い中で、数少ない意見の合わないもの。
おわり
四〇〇、好き、嫌い
この都市に来た時にお世話になった人たちが。
お店にお客さんで来てくれた人たちが、この都市を出ていくと聞いた。
そこには初めて頼った人もいたから、胸に穴が空いたようだった。
寂しいよ。
仲のいい人たちが沢山いたの。
助けてくれたことも沢山あったの。
間違えて殴っちゃったこともあったけれど、故意じゃないと分かっていたから、笑って許してくれた。
少し考えれば、その人たちとの思い出が沢山溢れて止まらない。
別れは、どうしても嫌な思い出が過ってしまう。
私の知らないところで遠くに行ってしまったこと。
同じように私の知らないところでお世話になった人たちが、もう二度と会えなくなった。
その別れは私に大きな傷と恐怖として今でも残っている。
雨の香りがする中、仕事場から車で帰って自宅の駐車場に車を停める。
車を降りると、ぽつりぽつりと雨が落ちてきて、私を濡らした。
私は傘もささずにその雨を身体で受け止める。
びしょ濡れになっちゃうけれど、今はそれで良いの。
粒の大きな雨が頬に当たり、これはお化粧全部落ちちゃったな。
それでもいい。
止めることが出来ない涙の跡を消してくれるなら、このままでいい。
この雨で悲しみと寂しさが流れてしまえばいい。そんなふうに思っていた。
「なにしてんの!!!」
大好きな恋人の声が聞こえて、その方を見つめる。すると彼が傘をさして走ってきて持っていたバスタオルを私の頭に被せてくれる。
「車の音がして、覗いたら雨に当たっているからビックリしちゃったよ」
そんなふうに優しく言いながら、私を拭いてくれる。
「うちへ帰ろう」
返す言葉に困っていると、彼は私の手を引いてくれた。
「身体が冷えきる前にシャワー浴びてね。夕飯は俺が作るよ。好きなもの……になると出前してもらった方がいいか」
いつも以上に優しい声で、私は違和感を覚えた。
普段から優しい人だけれど、私を迎えに来てくれたタイミングとか、タオルを最初から持っていたとか、外を見てくれたとか。
これって、もしかして――
雨が当たらないところまで連れてきてくれると、傘を畳んでから改めて頭を隠したままタオルで軽く拭いてくれる。
「もしかして、知ってますか?」
「まあ……大きいところだったしね」
私を拭く手を止めることなく続けてくれた。
「あと、君を心配して連絡くれたんだ。だから先回りして待ってた」
「やっぱり」
「バレてた?」
「なんとなくですが……」
彼はタオルをかき分けて私の頬に触れてくれると、止められない涙は彼の手を私の涙が濡らしていく。
「俺の恋人は泣き虫だから、今日はとことん甘やかしてあげる」
そう、笑ってくれた。
おわり
三九九、雨の香り、涙の跡
ちょっとしたイタズラなの。
去年の冬に毛糸を使って作ったものの余りを整理していた時に思いついて、眠っている彼の所に足を向けた。
寝室のベッドでしっかり眠っている彼を見て頬が緩んでしまう。
普段と表情が違うのが良いの。私しか知らない気の抜けた表情。
私は嬉しくて、持っていた毛糸を引っ張り出し、二メートルほどで切った。そして、私の小指に巻いてから彼の小指に蝶々結びをする。それは赤い毛糸。
絡まないようにゆったりと伸ばして広げてから、彼の横に寝転がった。
「ふふ」
起きたらどんな顔をするかな。
怒られるとは思わないけれど、びっくりするかな?
苦笑いしちゃうかな?
「起きるの、楽しみ」
そんなことを考えていたら、私もいつの間に眠ってしまっていた。
おわり
三九八、糸