とある恋人たちの日常。

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 この都市に来た時にお世話になった人たちが。
 お店にお客さんで来てくれた人たちが、この都市を出ていくと聞いた。
 
 そこには初めて頼った人もいたから、胸に穴が空いたようだった。
 
 寂しいよ。
 仲のいい人たちが沢山いたの。
 助けてくれたことも沢山あったの。
 
 間違えて殴っちゃったこともあったけれど、故意じゃないと分かっていたから、笑って許してくれた。
 
 少し考えれば、その人たちとの思い出が沢山溢れて止まらない。
 
 別れは、どうしても嫌な思い出が過ってしまう。
 私の知らないところで遠くに行ってしまったこと。
 同じように私の知らないところでお世話になった人たちが、もう二度と会えなくなった。
 その別れは私に大きな傷と恐怖として今でも残っている。
 
 雨の香りがする中、仕事場から車で帰って自宅の駐車場に車を停める。
 車を降りると、ぽつりぽつりと雨が落ちてきて、私を濡らした。
 私は傘もささずにその雨を身体で受け止める。
 
 びしょ濡れになっちゃうけれど、今はそれで良いの。
 粒の大きな雨が頬に当たり、これはお化粧全部落ちちゃったな。
 
 それでもいい。
 止めることが出来ない涙の跡を消してくれるなら、このままでいい。
 この雨で悲しみと寂しさが流れてしまえばいい。そんなふうに思っていた。
 
「なにしてんの!!!」
 
 大好きな恋人の声が聞こえて、その方を見つめる。すると彼が傘をさして走ってきて持っていたバスタオルを私の頭に被せてくれる。
 
「車の音がして、覗いたら雨に当たっているからビックリしちゃったよ」
 
 そんなふうに優しく言いながら、私を拭いてくれる。
 
「うちへ帰ろう」
 
 返す言葉に困っていると、彼は私の手を引いてくれた。
 
「身体が冷えきる前にシャワー浴びてね。夕飯は俺が作るよ。好きなもの……になると出前してもらった方がいいか」
 
 いつも以上に優しい声で、私は違和感を覚えた。
 
 普段から優しい人だけれど、私を迎えに来てくれたタイミングとか、タオルを最初から持っていたとか、外を見てくれたとか。
 
 これって、もしかして――
 
 雨が当たらないところまで連れてきてくれると、傘を畳んでから改めて頭を隠したままタオルで軽く拭いてくれる。
 
「もしかして、知ってますか?」
「まあ……大きいところだったしね」
 
 私を拭く手を止めることなく続けてくれた。
 
「あと、君を心配して連絡くれたんだ。だから先回りして待ってた」
「やっぱり」
「バレてた?」
「なんとなくですが……」
 
 彼はタオルをかき分けて私の頬に触れてくれると、止められない涙は彼の手を私の涙が濡らしていく。
 
「俺の恋人は泣き虫だから、今日はとことん甘やかしてあげる」
 
 そう、笑ってくれた。
 
 
 
おわり
 
 
 
三九九、雨の香り、涙の跡

6/19/2025, 2:21:25 PM