今日は恋人とふたり、ダイニングで黙々と作業していた。
餡を手に取り、市販で買った皮でそっと包み込んで形作っていく。
初めて作るものだから、作り始めは不揃いでお互いに大笑いしていたが、負けず嫌いなところがあるふたりが上手く包もうと集中して会話が減っていった。
俺は集中が途切れて一息つく。顔を上げると、均等に並んだ餃子の入ったバットが山のように積み上がっていた。
これ、いったい何個あるんだろう。
そして真向かいにいる彼女は、仕事をしている時の集中している顔で餃子に立ち向かっていた。
俺は彼女のこういう顔、かなり好きなんだよね。というか、餃子を包むスピード早くない?
集中して包むことに慣れていったのか、普段の不器用さはどこから来たんだと疑いたくなるくらい手際がいい。
そして思い出す。
彼女は最初こそ不器用で破壊力満載だけれど、慣れていくうちに今の仕事もプロフェッショナルに成長していた。
今回は、『餃子を作るだけ』だから練度の上がり方が異常に早い。
「あ、ねえ」
俺が声をかけると弾かれたように驚き、俺を見つめて、バットの山を見て更に驚いていた。
「うわっ!」
「そう、俺も今気がついた」
せっかくだから沢山作ろうと大量に材料を買いすぎた……かな、これは。
「初めてだから量が分かっていなかったのですが、これはさすがに作りすぎましたね」
「そうだね。でも、これ冷凍すればなんとかならないかな」
パッと見る限り、もう少しで材料が尽きそうだ。先に皮が無くなるかな。
「餡が残りそうだから、どうしようか」
「あとで調べてみましょう」
「そうだね」
彼女はまた餃子の皮に餡をそっと包み込んで、完成させては俺に向けてにっこり笑う。
「どうですか、うまくなったと思いませんか?」
ドヤ顔で見せてくる彼女が本当に可愛い。少し前まで見せていた真剣な表情との差がより愛おしく思えた。
「凄く上手だよ。残り作りきってもらっていい? 俺、前の冷凍庫にしまうね」
「ありがとうございます!」
嬉しそうな顔でまた餡を取って皮を包んで餃子を並べ始める。
ふたりで食べるには量が多過ぎたかもしれないけれど、こういう時間は楽しいかも。
「また、作ろうね」
食べる前に言うのもなんだけれど、この時間が楽しかったからそう告げると視線を俺に向けてパアッと花が開くような笑顔を見せて頷いてくれた。
おわり
三七二、そっと包み込んで
うー。
ここ最近、体調が悪くて、寝ても寝ても寝足りない。
仕事にも行ったんだけれど、途中で一気に気持ち悪くなったからお休みの連絡をして家に帰って家に転がる。
大丈夫な時は大丈夫なんだけれど、一気に込み上げるものがあって。
「動きたくなーい」
ひとりごとを大きく話していると、スマホからポコンという音が鳴った。手を伸ばしてスマホを覗く。
そこには恋人からのメッセージが届いていた。
『大丈夫?』
彼にも休みの連絡を入れておいたから、休憩時間に見てくれたのかな。
私はすぐに『気持ち悪いです』と返事をすると、スマホが鳴った。
『ごめんね、電話しちゃって』
「今は落ちついているので、大丈夫ですよ」
『迎えに行こうか? 言えば時間を空けてもらえると思うよ』
「え、ちょっと気持ち悪いだけだと思いますよ」
自分の体調的にそうだと思っているけれど、恋人は医者だから尚更私の体調を心配なんだろう。
そんなことを思っていたのに彼はいつになく真面目な声で私に言った。
『ちょっと思うところがあるから迎えに行くね』
「え、いやいやいや。そこまでじゃ……」
『うーん、俺の予想だとそこまでのことだと思うんだよね』
そんなことを話している途中、私は気持ち悪くなって通話を切ってしまった。その後に彼が迎えにきてくれたことは言うまでもない。
――
「え?」
「だから、三ヶ月よ」
私は彼によって病院に連れていかれ、すぐに検査をすることになった。その結果、満面の笑顔で先生から告げられる。
「おめでとう、お母さん」
おわり
三七一、昨日と違う私
私の彼は笑顔が素敵で、私から見た彼の印象は『太陽』だった。
――
目を覚ますと彼が起きていて、カーテンから外を覗いていた。暗闇の中からほんの少しの光が差し込んでいて……もうすぐ夜明けなのかもしれない。
彼もいつもの笑顔とは違って憂いを含んだ表情をしていて、私の胸はドキリとしてしまう。
私は身体を起こして彼のそばに近づくと、彼の瞳が私を捉えた。
「ごめん、起こした?」
いつもの晴れやかな声ではなくて、落ち着いた声。私は彼の不安を拭いたくて笑顔を向けた。
「ううん、起きちゃっただけ」
いつものような笑顔じゃなくて、どこか哀愁を感じる笑顔で。なにかあったのかなと思って私は彼の身体を抱きしめると、強く抱きしめ返してくれた。
「大丈夫、ですか?」
「ん」
彼はそれだけを言ってまた私を強く抱きしめる。私は彼の背中をポンポンとたたいた。
言葉にしない時は言葉にできない時だから、彼が話せる時まで私は待とうと思った。
おわり
三七〇、Sunrise
前に行ったことがあるプラネタリウムにまた行こうと話になり、彼女と休みの日に行くことにした。
少しだけ値段を上乗せしてプレミアムシートを選ぶ。
最近はこういう予約をウェブでできるからありがたいよね。
プレミアムシートのふたり用のシートは横になれるシートで、俺たちはお互いの頭を寄り添わせながら天井を見上げた。
新鮮な空気、音、ナレーションの声、視界いっぱいに広がる星空。
見入っていると、俺の手の甲に彼女の手が触れた。その瞬間に物語りの中にふたりいることを思い出させる。俺は自然と彼女の手を握った。
息を飲む小さな声とぴくりと身体が震えるけれど、すぐに俺の手を握り返してくれた。
そしてもう一度、星空の物語りに集中する。
――
プラネタリウムの演目が終わり、人々が退出していく。俺もゆっくりと身体を起こし、彼女を見るとぼんやりとしていた。
「大丈夫?」
俺の声が届いてようやくしっかりと意識が戻ってきて俺を見つめた。
「あ、大丈夫です」
俺は彼女に手を差し出すと彼女は手を掴んでからシートから身体を起こす。どこかふわっとしている彼女が倒れないように腰に手を回した。彼女の体調が心配になる。
プラネタリウムの待ち合いのフロアへ連れていき座らせた。彼女はまだぼうっとしているから、飲み物を買いに行く。
せっかくならこのプラネタリウム限定のボトルで買おう。
飲み物を彼女に差し出しながら彼女の表情を確認する。俺は救急隊員だから、本当に体調に悪いなら確認が出来るんで、こっそり診るけれど顔色は悪くない。体調を崩している訳じゃなさそうだな。
「あ、大丈夫です。すみません」
「ゆっくりでいいよ。無理しないでね」
「はい。あの……やっぱりここのプラネタリウム好きです」
確かに去年見た時より進化しているし、彼女の好きそうなストーリーだとは思った。
「うん、今日の凄かったね」
「はい。私、空に溶けるかと思いました」
少し前に比べて表情に色が付く。瞳に感動が入って言葉を紡ぐたびに笑顔になっていった。
「あの、また一緒に来たいです」
どうやら相当彼女の心を奪ったみたい。
それはそれで妬けちゃうけど、彼女のキラキラした瞳を見ていると、その言葉を飲み込んでしまった。
「また来ようね」
「はい、また一緒に!」
おわり
三六九、空に溶ける
「だめ」
「え、どうしてもダメですか?」
「だめ」
久しぶりの押し問答。
彼女は白くてヒラヒラの多くて可愛らしい水着を持って俺に見せてくる。
ああ、絶対に可愛いよね。わかってるよ、絶対に可愛い。
眉毛を八の字にして俺を見上げてくる。捨てられた子犬みたいな表情でいたたまれない気持ちになると言うか……可愛いんです。
君は俺がその目に弱いのわかってやってるよね!
「だって、可愛いですよ。私に似合いませんか?」
似合ってます。絶対に似合うと思います。なんなら俺はその水着姿を見たいです!
「この手の話しは毎年やっている気がする……」
俺は思考し過ぎて一気に疲れてきた。
「だって可愛いじゃないですか!」
「だから、毎回言ってるでしょ。布面積少な過ぎるの、だめ!」
「えー!」
そりゃ可愛いよ。
君に絶対似合うよ。
俺としては全力で見たいよ。
どうしても、これは譲れない。
そんな可愛い水着を着てプールに行ったら、邪な目で君を見る輩が湧いて出てくるの間違いないから絶対にだめ!
頬をふくらませて納得いかないという顔をする彼女を見ていると、それはそれで心苦しい。
「じゃあさ、今年はプライベートで泳げるプールがある場所探そうか」
「え!?」
「俺も君のその姿は見たいけれど、他のヤツらに見せるのは嫌だ!」
さすがに恥ずかしくて、彼女に視線を向けずにそう告げると彼女は俺の腕をしっかり掴んできた。
驚いて彼女を見つめると、満面の笑みと言うか、嬉しそうと言うかニヤニヤしている。
「うふふ〜」
「なんとでも言って」
「言いません。私、大切にされているって改めてわかって嬉しいです」
「大切だよ」
ひとつ息をついてから、彼女が持っている水着を手に取る。
「サイズ、これでいいの?」
「あ、試着します」
「う。するんだ」
「そりゃ、水着はしますよ。合わなかったら大変じゃないですか」
「ソレハソウデスネ」
改めて彼女に水着を戻すと、フィッティングルームを探そうと周りを見回した。
「その水着、俺が買うよ」
「え、いいんですか!?」
驚いた顔で俺を見つめてくる。俺は唇を尖らせて彼女に呟いた。
「そのかわり、俺以外に見せないでね」
おわり
三六八、どうしても……