俺は……まだ知らなかったんです。
生命の重さと大変さ……それと奥さんの偉大さも。
先日戻った奥さんと天使は本当に愛おしくて、可愛くて仕方がないんだ。
けれど……俺たちの天使は夜泣きが凄いんだ。
俺は彼女に任せっぱなしにはしたくなくて、さすがに育休を取らせてもらいました。
職場に迷惑もかけるかもと思ったけれど、救急隊と言う立場だと率先して休めと言ってもらった。本当に先輩や、隊長には感謝しかない。
今日は彼女を寝かせたくて、俺が天使のお相手です。
でも短時間で起きちゃうんだよな。
今は嵐の前の静けさ。
ぷくぷくのほっぺが可愛くてたまらないんだけれど、つついて目を覚ましたら大変だ。
だから、今の俺はこの天使の寝顔を独り占めしてる。
どこかで彼女も独り占めしたいけれど、まずは天使だ。あどけない天使の寝顔を見ていると自然と笑みがこぼれた。
初めての子供だから、これから父親として知らない世界に足を踏み込む。
「これからよろしくね」
本当に小さな声で呟いたのに、天使の瞼がひくひくと動く。
やばっ!
これから、俺の試練が始まります。
おわり
三六六、まだ知らない世界
どうしよう……と悩むこと一週間。
俺ひとりで決められることじゃないから、こんなに悩んでも仕方がないんだけれどさ。
悩んでいるのは家のこと。
先日、奥さんが新しい命を授かり、家族が増えると言う最高の幸せを噛み締めていた。
そうなると、家が手狭に感じてしまう。
その理由も簡単で、今住んでいる家はワンLDKの狭い部屋だ。普段は居間にいることが多いから寝室があれば十分なんだよね。
子供ができたとなると今の家だと厳しいのはお察しなんだけど、今の家に思い出があってどうしても手放す気になれない。
彼女もそれがあるから、家のことを話してこないのだと思う。でも妊婦さんに引越しをさせるのは大変だから、本当に急がなきゃダメだ。
そんなことを考えながら、今日は家に帰ったら彼女に相談しようと思った。
おわり
三六五、手放す勇気
今日の仕事はとても疲れた。
家に帰って恋人に癒してもらったけれど、身体はそうはいかなかった。
俺は何故か暗闇の中で手を動かそうとしたけれど、重苦しくて動かせない。
なんだろう。
ここは……どこなんだろう。
身体も上手く動かせないし、泥沼の中に沈んでいるみたいだ。かき分けても身体は重くなるばかりで……。
もがいてももがいても暗闇に飲まれていく。
ぱしんっと手を握られたと思ったら、身体を引き上げられたような感覚になった。
「大丈夫ですか!?」
明確に俺を心配する声が耳に入り、光が差し込んで恋人の顔が視界いっぱいに広がる。
不安そうな表情が俺をとらえて……安心したように笑顔になってから俺を抱きしめてくれた。
暖かな体温に安心して俺も抱きしめ返す。
「大丈夫ですか?」
「……うん」
「うなされてました」
「……そう、かも」
彼女は身体を離してから、再び柔らかいほほ笑みを俺に向けてくれた。
俺は手を伸ばして彼女の頬に手を触れる。彼女は俺の手に自分の手を重ねて擦り寄せてくれた。
愛おしい人の感触が手に広がって、俺の心に穏やかな光が灯る。
「起こしてくれて、ありがとう」
それだけ伝えて、もう一度彼女を抱きしめた。
おわり
三六四、光輝け、暗闇で
仕事に追われて余裕がなくなってくる。冷静にならなきゃダメなのに、それが難しくなってきていた。
出動の連絡が入る。
俺は着替えて準備を行い、出動した。
そんな感じで今日の仕事は中々休憩が取れないうえ、残業してようやく落ち着いたから家に帰る。
体力的には余裕はあっても、なんというか息苦しい。身体も足も重いからより窮屈感があった。
「ただいまぁ……」
家の玄関を開けて小さくそう言うと、奥から恋人がすっ飛んで来て、俺の胸に飛び込んでくる。
「おかえりなさいっ! 心配しました!!」
心配?
あ。
俺はスマホを取りだすと、画面に通知があった。
『遅くなりますか?』
『なにかありましたか?』
『電話ください』
「あああああ、ごめん。仕事が忙しくて余裕なくて見てなかった」
彼女は俺の身体を力強くぎゅうううっと抱きつく。
「いいです、無事なら。おかえりなさい」
力を抜いてから俺を見上げ、ふわりと笑ってくれる彼女を見ていると内側から込み上げてきて、俺も彼女を抱きしめて顔を埋めた。
「ただいま」
「うふふ。おかえりなさい」
今度は優しく抱きしめてから、俺の背中をポンポンと軽い力で叩いてくれる。
彼女の温もりを身体で感じていると心が軽くなって、澄んだ空気が身体に入り込んだ。
力を抜いて、改めて彼女の顔を見ると、嬉しそうに微笑んでくれた。
ああ、癒される。
おわり
三六三、酸素
「そういえばさ、いつから俺のこと好きになったの?」
「ふえ!?」
ソファに座って彼女に質問をすると、飛び跳ねるくらいにびっくりしていた。
「え、そんなに驚く?」
「いや、だっていきなり言うんだもん……」
「あ、ごめん。いきなりじゃなくてね」
俺はデジタルフォトフレームを指した。
「帰ってくる前にフォトフレームの写真を見ていたんだけど古いのがあってさ。付き合うかなり前のイベントのやつ。俺、あのイベントに君が居たの知らなかったからビックリしちゃって」
「イベント……?」
彼女は眉間に皺を寄せて思考をめぐらせている。そしてなにかに思いついたようだった。
「あの写真、入ってたんてすか?」
「え、入れたんじゃないの?」
「違います、抜き忘れました!!」
それ、俺に言っていいのかな?
慌てる彼女を横目にそんなことを思った。
彼女はスマホを取り出してデジタルフォトフレームの写真を確認し始める。指でスライドしまくっていた。
横からスマホの画面を覗くと大量の写真が流れている。
凄いな。
まるで俺たちの記憶の海みたいだった。
おわり
三六二、記憶の海