先日、俺には天使のような家族が増えまして。
愛しい奥さんが天使を連れてきてくれました。
出産にも立ち会ったし、許可を貰って抱っこさせてもらったけれど、天使の命の重さに涙が溢れた。
そして俺は改めて自覚する。
父親になったのだと。
まだ彼女と天使は病院にいるけれど、俺は仕事をしつつ、立ち寄れる時間は彼女たちに会いに行く。
顔を見るたびに、気が引き締まるんだ。
俺は手のひらに視線を向けて、ゆっくり拳を握る。
「頑張ろう」
そう、呟いて空を仰いだ。
俺は天使の未来を背負ってる。
彼女を大切にして、彼女と手を取って、俺たちの天使の未来の船を出せるように頑張るんだ。
おわり
三六〇、未来への船
都会の喧騒には慣れたものだけれど、心が疲弊することもある。
まあ、それは俺も恋人も元々は都会ではないところから来て生活しているからだと思う。
俺の職場は中心部にある救急隊だから、慣れたものだけれど、それでも削られるものがあった。
無意識に顔に疲れが出たみたいで、恋人が休みにお出かけしようと言ってくれた。
「そんなに顔に出てた?」
そんなわけで、彼女の運転している車に乗っている。ビル群から離れていき、少しづつ木々が増えていっていた。正直、どこへ行くかも分かっていないが、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
「多分、他の人だと気がつかないかもですが……」
運転しているから視線は俺に向けられることは無いけれど、頬を紅くして俺を包み込んだ。
「私はあなたの恋人ですから!」
弾ける笑顔に胸が高鳴る。そこには彼女から俺への想いと一緒に恋人であることの〝誇り〟のようなものを感じて……運転中じゃなければ抱きしめたいくらいだ。
自然と口角が上がり、座席に身体を沈めて瞳を閉じる。俺の様子を感じたのか、彼女は車のスピードを落として端に寄せてエンジンを落とした。
車の通りも少なくて、風が吹くと木々が触れ合って音を響かせる。
暖かい光と風が奏でる木々の音に荒んでいた心が穏やかになっていくのが分かった。
風が止むと静寂の中に、静かな音を感じる。
頬に彼女のやわらかい手が触れた。
俺はその手に自分の手を重ねて、穏やかな時間を身を委ねた。
おわり
三五九、静かなる森へ
私には希望が無くて、何も出来ない自分が嫌で、私は逃げた。
初めてたどり着いた場所には真っ白なキャンバスのようで、何も描かれていない。
何も出来なかった。
必要とされなかった。
それが悲しくて、悔しくて。人見知りで、泣き虫の自分から抜け出したくて新天地を目指したの。
ここでどんな未来が待っているか分からない。
ひとりぼっちで、ずっと必要とされていなかったから、私はここで大切な人に出会いたい。そんな夢を持っていた。
大切な人に出会って、愛されたい。
でもそれ以上に、私だってその人を大切にしたい。
顔を上げると、同じように新天地を目指した人達が集まっていた。
さあ、行こう。
ここで、希望を描くんだ!
おわり
三五八、夢を描け
手を伸ばす。
その手は夜空に浮かぶ星をつかめない。
これだけ離れていれば当然だけれど、どうしても手を伸ばして求めてしまう。
届かない……。
パシッと手が何かに掴まれる。その衝撃で俺はぼんやりとしていた意識を現実に戻された。
手には暖かい恋人の手がしっかり掴まれている。
心配そうに彼女の瞳が、俺を捉えていた。
「大丈夫ですか?」
不安の色をまとった瞳なのに、俺は彼女を見ていると安心して彼女の手を掴んだ。
驚きとともに彼女がふわりと笑顔をくれる。
彼女の手を自分の額に寄せて瞳を閉じた。
俺の、俺の星には手が届いた。
おわり
三五七、届かない……
「あったかいなぁ……」
「あったかいですねぇ……」
木々の隙間からこぼれ落ちる光は、ベンチに座る俺と恋人に心地よい温かさをくれる。暑くなろうという季節の中、木陰が暑すぎる光を程よく遮断してくれて心を穏やかにしてくれた。
休みの日にアクティブに動くのも楽しいけれど、たまにはこんな風に恋人とまったりのんびりと、木漏れ日に身を委ねて過ごしてもいいかもしれない。
おわり
三五六、木漏れ日