とある恋人たちの日常。

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 都会の喧騒には慣れたものだけれど、心が疲弊することもある。
 まあ、それは俺も恋人も元々は都会ではないところから来て生活しているからだと思う。
 
 俺の職場は中心部にある救急隊だから、慣れたものだけれど、それでも削られるものがあった。
 
 無意識に顔に疲れが出たみたいで、恋人が休みにお出かけしようと言ってくれた。
 
「そんなに顔に出てた?」
 
 そんなわけで、彼女の運転している車に乗っている。ビル群から離れていき、少しづつ木々が増えていっていた。正直、どこへ行くかも分かっていないが、彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
 
「多分、他の人だと気がつかないかもですが……」
 
 運転しているから視線は俺に向けられることは無いけれど、頬を紅くして俺を包み込んだ。
 
「私はあなたの恋人ですから!」
 
 弾ける笑顔に胸が高鳴る。そこには彼女から俺への想いと一緒に恋人であることの〝誇り〟のようなものを感じて……運転中じゃなければ抱きしめたいくらいだ。
 
 自然と口角が上がり、座席に身体を沈めて瞳を閉じる。俺の様子を感じたのか、彼女は車のスピードを落として端に寄せてエンジンを落とした。
 
 車の通りも少なくて、風が吹くと木々が触れ合って音を響かせる。
 暖かい光と風が奏でる木々の音に荒んでいた心が穏やかになっていくのが分かった。
 
 風が止むと静寂の中に、静かな音を感じる。
 
 頬に彼女のやわらかい手が触れた。
 俺はその手に自分の手を重ねて、穏やかな時間を身を委ねた。
 
 
 
おわり
 
 
 
三五九、静かなる森へ

5/10/2025, 1:49:46 PM