この街に来た理由は一人になりたくないから。
だから、大切な人を作りたい。
そんな小さな夢を持っていた。
でも今は私には家族のような人、仲間。
そして誰よりも愛しい人と出会えた。
そういう意味では、私の夢は叶ってしまっていた。
恋人と一緒に住み、彼と過ごしているけれど新しい願いは特に思いつかない。
それでもいいとは思うけれど、どうなのかな。
そんなことを夕飯、彼に話してみた。
食べる手を止め、色々な方向に視線を送っていて私の話を真剣に考えてくれている。
彼が何かを閃いたようで、満面の笑みを向けてくれた。
「俺との未来は?」
「え!?」
突然の言葉に驚いてしまう。だってこの言葉って……言葉って……。
「私と一緒の未来を夢見てくれるの?」
少し不安に彼を見上げながら小さい声で言うと、困った顔で微笑んでくれる。
「俺は夢見てるよ」
その言葉に耳が熱くなった。もちろん顔も熱い。
「……夢、見ていいの?」
「俺との未来の夢、見てよ」
そういう彼の頬も少し赤くなっているように見えた。
ああ、大好き。
「うん!」
私の言葉に、彼も弾けるような笑顔をくれる。
彼と一緒に過ごす未来。
そんな夢へふたりで歩んで行こう。
そう、ふたりで決めた日。
おわり
三二九、夢へ!
最近、彼女が病院に来ない。
いや、病院に来ないと言うのはいいことなんだけれど……おっちょこちょいで、不幸体質な彼女。
彼女と出会ったばかりの時は、この街に来たばかりのようで、よく怪我をして病院に来て俺が診察治療していた。
俺もこの街に慣れてきたのだから、彼女もそうなのだろう。
この街に慣れてきたはいいけれど。
「元気かな……」
なんだろう。
あの子に会えないことが、こんなにも心に引っかかる。
おわり
三二八、元気かな
ひとりだった過去。
何をしても上手くいかなくて、みんなからもそう言われてきた。
そこから逃げ出したくて走ろうと決めた。
どんなことになるか分からない。
今の私を知らない人達の中に足を踏み入れよう。
そしてリセットするんだ。
そう決めた。
そう自分に約束した。
自分自身がひとりぼっちにならないために。
ひとりは……さみしいから。
――
あれから何年経ったかな。
私はこの街でひとりじゃなくなった。
家族のように抱きしめてくれる人達ができた。
大切にしたい仲間ができた。
「大丈夫?」
そう声をかけて手を差し伸べてくれるのは、たった一人しかいない私の最愛の人。
好きになった。
叶わないと諦めようとした。
でも、好きになってくれた。
今は彼が私の隣に居てくれる。
ねえ、小さい頃の私。
私、約束を守ったよ。
私はもう、ひとりじゃない。
おわり
三二七、遠い約束
少し前、実際に血は繋がっていないけれど、外見が似ていて、俺を気に入っていて、俺を〝弟〟と呼んでくれる人が亡くなった。
俺は救急隊員だから、亡くなる前に分かれを言えた。そんな立場にいた。
寂しさはあれど、胸の痛みが軋むけれど涙が出ることは無かった。
――
しばらくして、彼女に運転を教える時に彼女の表情がずっと固くて、いつもと違って「なにかしたい」と意思表示をしてくれていた。
一人になりたくないのかな?
そう思ったから、悩みごとがあるのかと聞くと言葉に詰まっていた。
昨日、知り合いが亡くなったらしい。
同時に、別の知り合いも少し前に亡くなっていたことを聞いてショックを受けていたと言っていた。
彼女の言う、前に亡くなった知り合いというのは俺が兄と慕っていた人のこと。
彼女は俺とその人の関係を知らない。だから、この話題は本当にたまたまなのだ。
俺とその人の関係を知っている人は、腫れ物に触れるような勢いで誰も触れてこない。俺はそれで良かった。
俺は兄と慕っていた人の墓があるのは知っているけれど場所は知らない。
俺は聞こうともしなかった。
後ろを向くことが正しいと思えなかったから。
でも彼女は踏ん切りが付かないと言っていた。
会えなかっただけなのかと思っていた。
また何時でも笑って話せると思っていたのに、喪われたその人と話すことはもう叶わないのだ。
昨日亡くなった人には手向けの花を贈ったらしい。でも、以前に亡くなった俺が兄と慕った人に何も出来ずに心にしこりを残していると言った。
その言葉を聞いて、ズキリと胸が痛みを覚えた。
「せめてお墓の場所が分かれば……」
俺はまだ別れを言えた側の人間だった。
彼女との関係は分からないけれど、彼女の職場が近いからもしかして、彼女の職場によく行っていたのかな?
「なら、お墓の場所。聞いてあげるよ」
俺は知り合いから改めて墓の場所を聞いた。
それと、彼女は花屋に行こうと言ってくる。一人で行った方がいいんじゃないと伝えたが、一緒にと言われて花屋にも付き合って墓参りに行く。
墓の前に立つと、名前が掘られている。
彼女は俺の後ろから花を墓に手向けて、俺の後ろに一歩下がり手を合わせる。
俺は彼女と同じように、墓に向かい手を合わせる。
来たよ。来るのが遅くなってごめん。
それだけを心の中でつぶやくと一陣の風が俺の頬を撫でた。
『来てくれたんか、ありがとな』
そんな言葉が耳に入った気がして閉じていた瞳を開けた。
なにもなく、風も収まる。でも、来た瞬間と違った空気感がそこにはあった。
俺はもう一度目を閉じると、目が熱くなった。
「……ありがとうございます。行きましょうか」
そう、後ろから声がかかる。そして振り返って先に歩みを進めているのが聞こえた。
俺は目を擦り、深呼吸してから彼女の背中を追った。
……本当に……何も知らなかったのかな?
一度、墓に振り返り彼女が手向けた花が風になびく。
「また来るよ、兄ちゃん」
それだけ呟いて俺は前を向く。軋んだ痛みはもう無くなっていた。
おわり
三二六、フラワー
少しずつ上達していく運転技術。
それに伴って私の脳内にある地図が新しく広がって更新される。
大好きな彼に教えてもらった運転をもっと上手にしたくて、彼に褒めて欲しくて毎日練習していた。練習する時に同じ道だけじゃなくて、少しづつ走る道を増やしていく。
頭にこびりつくほど走って、走って。
今は瞳を閉じても走れるくらいに地図が広がっていた。
私はスマホを取りだして、いつもと違う新しい地図を開く。
「今日からこの道で練習だー!!」
おわり
三二五、新しい地図